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「は?」
意外な名前が出て、Kはしばし絶句した。
理学部物理学科の山科助教といえば、先日、少し気になる場面に遭遇した。動揺しそうになるのを懸命に堪えていると、山岸は小さな勘違いをする。
「知らない? ほら、あのイケメンの」
「いや、知ってる。ていうか、うちの学部であの人知らないとかないやろ、ふつう」
「だよなぁ、目立つもんな。ま、中身はただの理系オタクだけどな」
聞けば、根岸が履修した物理学基礎実験が山科の担当で、実は同じ高校のOBだったとかで親しくなったという。その縁で野球の変化球をモデル式化するという実験に、投手として参加したのだとか。
「ピッチングのサンプル集めてるっていうからさ、俺も投げてみたんだよね」
「あー、おまえ、むかしピッチもやってたか」
「そう、東東京三回戦で◆◆にグラスラ打たれて負けた」
根岸は(おそらく本人としては)重々しく頷きながら、某強豪校の当時の四番、今は某球団でクリンナップを任されている選手の名を上げる。元高校球児にとって、いつだって最後の夏の記憶は鮮やかだ。
「俺もモデル式の話は聞いたな、流体力学の講義で」
「面白いよな、あれ。その山科先生の下宿の大家さんが柚子好きらしくて、毎年持ってってるんだよ」
「へえ、大家さん」
わかった、ついでだから届けて進ぜよう、とふざけて仰々しく応えながら、Kは偶然巡ってきた好機に心が逸った。
あの人に、訊きたいことが、ある。
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