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(別に、いいんだけどね)
二人の生活が始まった頃はこんなじゃなかったのに……と懐かしく思う。
忙しくても楽しかった。
北山家には、子供が3人生まれた。
仕事と家庭の両立は難しかったが、そんな中、家事はお互いのできることをしていったようなものだ。
毎日を慌ただしく子育てしていた時はそんなに思わなかったけど、その子らも大きくなった。
最近は親の手を離れ、それぞれの友達と遊びに出かけるばかりだ。
そうすると、また二人の生活が戻ってき始めて改めて思う。
(あれ? いつのまにこんなに距離があいたんだろう)
夫はソファに寝そべり、一週間録り溜めたテレビ番組のチャプター打ちやCMカットに勤しんでいる。
子供たちが小さいうちは一緒に出掛けることもあったが、今では毎週、その作業をしてはDVDに焼くことの繰り返し。
「老後の楽しみ」
とか
「時間ができたら、観る」
とか言っているが、その時間はいつできるのだろう。
書斎の本棚は、そのいつか観たいDVDで既に埋まっている。
(いくつまで生きる気だろう?)
後、50年生きても見終わりそうにない量だ。
「すぐHDDがいっぱいになっちゃうんだよな」
そりゃ、そうだろう。
毎週ドラマは溜まる。
終わっても次のドラマが始まる。
バラエティ番組も録る。
野球やサッカーの試合もある。
懐かしいドラマから、最近のものまで網羅したがるのだから始末に負えない。
雅も子供の頃は観ていたが今は興味ない特撮番組シリーズの再放送まで「懐かしい」と言っては録っている。
特にバラエティ番組で顕著なのが、盛り上がるとCMが入る。
それが気に入らないとぼやいていた。
そのCMを切り取る作業に、休日は没頭する。
終わりがない。
毎週埋まるHDDの空きを作るための作業だが、なんだか賽の河原に似ている。
以前は「私はあなたのお母さんじゃない」と不満を言ったこともあるが、今では智也に
「お母さん」
と呼ばれるのにも、慣れた。
三度三度の食事を作っても、「ありがとう」もなければもちろん「おいしい」もない。
まるで、生きていく上で仕方なく雅の料理を食べているかのようだ。
大きめにカットして口に放り込めば、雅が1時間かけて作った料理は10分で食べ終えてしまう。
そして、子供と雅を食卓に残してまたDVDを作る作業に戻る夫を見て、雅はため息が出るのだった。
(いつの間にか、土砂降り)
気が付くと、バシャバシャと激しい雨樋を伝う音が聞こえていた。
乾燥機は、ウンウンと唸っている。
乾燥機の前にたたずむと、雅は魂を抜かれたように回るドラムを眺めていた。
(このまま……)
雨が降る。
(このまま子供たちが大きくなって、進学して就職して家から居なくなったら、本当に二人きりの生活)
ずっと雨が降る。
雅の心の中に、ずっと前から雨が降っていた。
(それって、楽しい?)
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