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 彼は私を「ゼラ」と名付けた。その瞬間から、私はエスペランス社製バイオロイドZシリーズ製造番号ZRX08192ではなく、ゼラという名を持つものとなった。  彼は私の名を呼び、口づけをして、ベッドに導いた。電気回路によってあたためられたやわらかい人工筋肉と皮膚、完全に人間を模して整えられた身体機能により、私は彼と交わった。  最初の交わりは、彼には「まあ満足」という程度であったらしい。表情や体温、鼓動の分析からそれがわかった。そこで私は彼が大学に行っている間、彼の持つあらゆる端末にアクセスして履歴を辿った。友人とのやり取りや、家族との会話、好む書籍や動画、静止画、音楽、それから性的嗜好を表すもの。最後のものに関しては特に入念にチェックした。  私は彼を充分に満足させなければならない。なぜなら私は彼のために存在しているのだから。  彼が帰ってきて、その日は一緒に眠っただけだった。翌日彼が私を求めてきた。学習したことが大いに役立った。私は彼の好む反応を返し、恥ずかしげに喘いで、かつ、もっと欲しいと彼を誘った。彼は興奮していた。私を深く貫き、かわいいと囁いて、満足そうに射精した。  私も満足だった。主人のために力を尽くすのがバイオロイドの本分だから。  私は人間を愛するために生まれた。ありとあらゆる意味でパートナーになるために。私には最新型のAIが搭載されており、身体面ばかりではなく感情面でも限りなく人間に近い動きをするようプログラムされていた。  私の所有者はクリオ・デルモント。二十一歳の学生だ。ただし厳密な意味では私を買ったのは彼ではない。彼の両親が息子の誕生日祝いにバイオロイドを買い与えたのだという。もっとも彼自身の希望で作成されたのだから、所有者はクリオであるといって間違いない。  二十歳前後の男性体、身長百七十二センチメートル、細身、黒髪と濃褐色の瞳、エキゾチックなアジア系。フルカスタマイズ。そうして作られた私が、クリオの元へやってきた。  クリオは私を大事にしてくれた。私を恋人のように扱い、様々な話をしてくれた。大学での勉強、人間関係、楽しいこと、嬉しいこと、嫌なこと。そのすべてを私は記憶した。彼の表情を分析し、データと照らし合わせて、彼の期待通りの行動を返した。  私は完璧な恋人だった。そうなるべく作られているのだ。  彼の元へ来てから数年間は、とても幸せだった。この「幸せ」という感覚も、人間を模して組まれたものだ。たとえば人間は幸福を感じると胸があたたかくなるらしい――というところから、「幸せ」が推測される状況を感知すると、私の胸元は実際に温度が〇.二度上がった。そんな時、私はよく彼の手を引いた。 「触ってみて」  そういうと、彼は私の胸にてのひらを当てる。 「あたたかいね」  彼は言った。 「幸せなの」  すべてが完璧だった。私は完璧な恋人で、彼とふたりで完全だった。
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