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しばらく無言で立っていると、スマートフォンを耳に押し当てた中年が、小走りで男の隣に駆け込んできた。この軒下は避難所だな。田崎は声に耳を傾けた。
「だから、謝ってるじゃないの。知らなかったんだよ、お前の大事なヘソクリだったなんて。使っちゃったもんは仕方ないじゃない。そんなに怒っても、もう戻ってこないんだし――」
どうやら一方的に電話を切られた様子。スマホの男は、お騒がせしましたと言わんばかり、こっちに苦笑してみせた。
「穏やかじゃないですなぁ」リストラの男がスマホの男に声をかける。
「嫁のヘソクリを無断で使っちまいましてねぇ。しかも、やめたと嘘をついてたパチンコで使ったのがバレちゃって――こりゃ恐くて、今日は帰れないなぁ」
商店の軒下に中年の男が三人並ぶ。それぞれがそれぞれの人生を生きている。それぞれの事情を抱えながら。
向かいの焼き鳥屋から、再び大将が姿を見せた。雨天で客足が鈍いのか、降りやまない雨を気にしている様子だ。店に入って欲しそうにチラッと中年三人に視線を送り、店内へと消えて行った。
世間話に花を咲かせていると、スラッとした長身の若者が、スマホの男の隣に駆け込んできた。
「最悪ッ。めちゃくちゃ濡れたし……」
雨水を吸い込んだバックパックを叩きながら、不機嫌そうに吐き捨てた。
まるで同士のようになった中年三人は、新客を歓迎するように彼に話しかけた。
「急な雨ですなぁ」
「ほんと、迷惑な雨です――彼女のバイト先に迎えに行く約束だったのに……」
彼女やらバイトやら、懐かしい単語が並ぶ。さっきまでの世間話の内容と比べると、自分たちが若さを失ったことを思い知らされた。
「彼女さん、怒ってるの?」
「めっちゃ怒ってると思います。待たされるのが嫌いなヤツで。怒るとめっちゃ恐いんですよ、ウチの彼女」
スマホの男は、彼の会話の内容を共有するように、同士に視線を送ってきた。――自分たちの嫁のほうが何億倍も恐いぞ――と言いたげな表情で。
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