縁もゆかりもないキミへ

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✳︎✳︎ 「ただいま……」 言葉が、真っ暗な部屋の中に吸収される。言葉を発した後は、決まって無音だ。別に何も起きやしない。秀治は、また溜息を吐いた。 "おかえり"の貰えない"ただいま"ほど、寂しいものはない。 だが、それも最初のうちで、いずれは慣れる。胸にツンと来る寂しさにも慣れてしまって、逆に胸にツンと来ないようなぬるい生活が、今は全く思い出せない。 秀治は、郵便局受けに入っていた封筒の束を手早く回収し、そのひとつひとつを確認した。保険に、携帯会社……いつもながらに面白味が感じられない名前ばかり。秀治は見ているだけで生気を吸い取られそうな気分になったが、それは次のターンまでだった。 現れたのは淡いピンクの封筒。茶封筒ばかりが続いたので、秀治はとても新鮮に感じた。彼は残りの封筒をテーブルに放り投げ、可愛らしいその封筒を手に持ちながら、ソファーに深く腰掛けた。大きくて不格好な文字……推測するに子どものものと思われた。そして、宛名をよくよく見ると、自分ではない人物の名前がある。ここに越して来たのは半年ほど前なので、おそらく前に住んでいた人に向けて書かれたものだと思われた。 「なんだ……」 秀治は肩を落とした。封筒の色味から、出て行ったきり帰ってこない彼女からの手紙なのだと、本の一瞬でも期待してしまったからだ。 秀治はその封筒を放り投げ、代わりにレジ袋の中から缶ビールをひとつ取り出した。そのとき彼女のために買った鮭とばが顔を出して、秀治は一気に心が貧しくなった。勢いに任せてビールを飲み干すと、酔いが身体を巡って視界が少しぼんやりした。 「ふぅ……」 でも足りなかった。秀治は、すかさずもうひとつの缶ビールに手を出した。視界の端にはピンクの封筒が見える。他の茶封筒の中に埋もれてもそれは目立っていて、なんというか、幸福感を身に(まと)っている感じがした。その封筒を見ていると、秀治にはある種嫉妬のような感情が湧いてきて、酒に対する欲求が止まらなくなった。
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