縁もゆかりもないキミへ

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(2) 明日香(あすか)との出会いは、偶然だった。その日秀治はとにかく呑みたい気分で、前から気になっていた居酒屋にふらっと立ち寄ったのだが、そのときたまたま相席になったのが明日香だった。ふたりともお酒の趣味が合ったからか、すぐに意気投合して、そこから定期的に会うようになっていった。付き合ううちに結婚の話が出てきて、流れるように入籍も挙式も済ませた。そして半年前にこのマンションで同棲が始まった。改築したてのマンションはどの部屋も綺麗で、住み心地も申し分なく、新しい生活は順調そのものに思われたが、つい2週間ほど前、『しばらく実家に帰ります』と書かれたメモだけを残して、明日香は秀治の前から姿を消した。 思い当たる節がないと言ったら嘘になる。共働きになるから分担しようと約束していた家事も、結局明日香に任せがちだったし、彼女のことは二の次で、家に帰ればスマホゲームに没頭していた。それらに対して、明日香から直接愚痴を言われることは今までなかったが、口にしないだけで心の中では沢山叫んでいたかもしれない。 『俺が支えます』 『一緒に助け合おう』 あの頃誓いだったはずの言葉たちも、今の秀治には、すべて安っぽい広告の売り文句にしか聞こえなかった。
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