0~渡航前

1/6
5人が本棚に入れています
本棚に追加
/100ページ

0~渡航前

 ぼさぼさ頭に顔の輪郭がわからなくなるほど太いフレームを持つ眼鏡、とどめとばかりに顔半分を前髪で覆った冴えない男が、仏頂面で見返してきた。どこにでもいるありふれた野暮ったい男だ。  ローレックは無人のエレベータに乗り込むと、正面に張られた鏡に背を向けた。そのままもたれて階数表示を見上げる。ひやりとした鏡の感触が、服を通じて伝わってきた。  わずかな振動と共に動き出したエレベータは程なく目的階に到着した。ドアの前で待つ見慣れた白衣に会釈し、入れ替わりでエレベータを降りる。降りた先は白い照明、白い壁、きゅるきゅると音を立てる灰色の床だ。ローレックは癖のままに視線を落とした。……研究室階の白い壁と明瞭さだけを追求した照明は目に痛い。  エレベータの脇のドアを無造作に押し開ける。その先は両面に窓をもつ渡り廊下だ。  ローレックは夜景を見るでもなく足早に突き当たりのドアに向かった。『IGL/International Generic Laboratory 製品宿舎』とドアに書かれた文字を何気なく目で追いながら、低い位置に置かれた認証機に手のひらをかざした。
/100ページ

最初のコメントを投稿しよう!