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やがて日が落ち、天女が飛来したと伝わる
満月の淡い月光が山頂を照らし始める頃に
叡は寝床についた。
藁と葦を敷き詰めたあばら屋の床は
土に体温を奪われ熊の毛皮を剥いで拵えた
毛布にくるまっても寒くて眠れなかった。
然れど叡が今宵眠れないのは
寒さ以外に憂い事があるからに他ならない。
表に掲げた松明の灯りが見える。
その傍で材木に腰掛けながら
短刀の手入れをする父の姿があった。
ー中華北部に位置する小国『垓』ー
この国で代々刺客として生きるのが
叡と父の宿命であった。
垓王から暗殺の命を受けた父は
人を殺める為に出立する前日の夜になると
必ず武器の手入れを行う習慣があった。
静寂が支配する満月の夜
松明の炎が弾ける音と短刀の刃先と磨ぎ石が
擦れる音だけが響き渡る。
何も語らぬ父の背中を叡は寝たふりをしながら
半目を開いてただ見ていた。
殺める相手が強敵である程
父が刃先を磨ぐ時間は長くなる。
本人はその癖を意識していないだろうが
叡にはそれが分かっていた。
父がこれほど丹念に時を費やすのは始めてだ…
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