第1章

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やがて日が落ち、天女が飛来したと伝わる 満月の淡い月光が山頂を照らし始める頃に 叡は寝床についた。 (わら)(あし)を敷き詰めたあばら屋の床は 土に体温を奪われ熊の毛皮を剥いで(こしら)えた 毛布にくるまっても寒くて眠れなかった。 ()れど叡が今宵眠れないのは 寒さ以外に憂い事があるからに他ならない。 表に掲げた松明(たいまつ)の灯りが見える。 その(そば)で材木に腰掛けながら 短刀の手入れをする父の姿があった。 ー中華北部に位置する小国『(かい)』ー この国で代々刺客として生きるのが 叡と父の宿命(さだめ)であった。 垓王から暗殺の命を受けた父は 人を(あや)める為に出立する前日の夜になると 必ず武器の手入れを行う習慣があった。 静寂が支配する満月の夜 松明の炎が弾ける音と短刀の刃先と磨ぎ石が 擦れる音だけが響き渡る。 何も語らぬ父の背中を叡は寝たふりをしながら 半目を開いてただ見ていた。 殺める相手が強敵である程 父が刃先を磨ぐ時間は長くなる。 本人はその癖を意識していないだろうが 叡にはそれが分かっていた。 父がこれほど丹念に時を費やすのは始めてだ…
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