第2章

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第2章

■ 「無名(ウーミン)、すまないが舜山から 水を汲んで来てくれ」 白髪に白い無精髭を生やした高齢の里生(りせい)(村長)は(しわ)が折り重なった手を揺らしながら 幼い童子を呼ぶと若く駿馬の(ひづめ)(ごと)き逞しい 裸足が大地を蹴り上げ舜山へと駆けて行く。 「国を離れて三千里~故郷また懐かしや~♪」 朧気(おぼろげ)に覚えたる顔も名も知らぬ 父母が教えてくれた童子の鼻唄が 今日も山間部に木霊(こだま)する。 物心つかぬ内に貧しさから人買いに売られ この集落の里生に買い取られた童子。 子供に恵まれなかった年老いた里生は 孫の様にこの童子を寵愛(ちょうあい)していた。 舜山より北方へ三里、童子が暮らす 丞邑(じょうゆう)と呼ばれる集落在り 和やかなる(ゆう)(集落)なれど 夜更けより(にわか)に騒がしき様子。 家畜に餌を与える女郎達が噂話をしていた。 昨夜未明、南方の都市:濡塊(じゅかい)方面より 早馬が訪れ女郎から水を一口貰うと急ぎ 垓王の元へ走り去ったという。 かような噂話など(つゆ)ぞ知らず 里生の申し付け通り舜山の麓にある湧水(わきみず)を 童子が(おけ)に汲んで背中に背負い 丞邑に戻ろうとした時 南方の地平線の彼方、濡塊(じゅかい)の方角から 陽炎(かげろう)に似たる(ゆら)めきが見えた。 それを見るなり童子は背負った桶を投げ捨て舜山に急ぎ駆け登り辺りを見渡せる高さまで到達すると南方に向けて目を凝らした。 (あれは…砂塵(さじん)だ! 『(せい)』国の大軍が丞邑に向かっている!)
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