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1.
わたしは、いま小学4年生です。
ちょっと背が低くて、本を読むのが好きな女の子です。
わたしには、お父さんがいません。
友達には、「お父さんいなくて、さみしくないの?」とたまに聞かれます。
でも、生まれた時からお父さんがいないから、さみしいとか、考えたこともありません。
だって、最初からないものを、ないからさみしいなんて、思いつかないでしょう?
けど、もしかしたら、お父さんがいないのを、わたしの心のどこかの部分が、さみしいと思っているかもしれません。
だから、心の中に、“お父さん”を作ってみることにしました。
学校に行くときに見かけた、スーツのおじさん。
こわい顔して、おこってるみたい。歩きながらスマホでしゃべってる。いけないんだ。電話の相手に、おっきな声で、どなってる。
あんなこわそうなお父さんは、いやだなぁ。
わたしのお父さんなら――
「行ってくるよ。」
そう言って、わたしのお父さんは、さわやかに会社に向かう。
わたしのお父さんは、きっとガイシャっていう、高い車で通ってるんだ。もちろん、交通ルールもきちんと守る。いつも笑顔で、おこりながら電話とかしないもん。――
かりんちゃんのおうちに遊びに行ったときに会った、かりんちゃんのお父さん。
ごあいさつした時、“ブッ”って、おならしてた。かりんちゃんは、真っ赤になりながら、お父さんにおこってた。
「もう、ホントにやだ!あんなパパいらない!」って。
わたしも、あんなお父さんはいやだなぁ。
わたしのお父さんなら――
「お友達かい?こんにちは。いつも、むすめと遊んでくれて、ありがとう。」
わたしのお父さんは、そう言って、かりんちゃんにほほえむ。
「えー、パパちょーカッコいいね!かりんのパパと大ちがい!」
って、かりんちゃんは大さわぎ。
もちろん、リビングでゴロゴロしたり、おならなんてしないんだ。――
お母さんと、お買い物に行ったときに見かけた、だらしないカッコのおじさん。
おなかがでっぷりしてて、つまらなさそうな顔で、荷物を持ちながら、だれかを待っているみたい。
あんなカッコ悪いお父さんは、いやだなぁ。
わたしのお父さんなら――
「何がほしい?なんでも買ってあげるよ。」
わたしのお父さんは、そう言っておもちゃ屋さんや、かわいい服屋さんに連れて行ってくれる。わたしが疲れたら、アイスクリーム屋さんで、一緒にアイスを食べてくれる。
もちろん、わたしのお父さんは、服もばっちりキマッてる。足も長くって、モデルさんみたいなんだ。――
担任の、大原先生。
そういえば、ほ育園に通ってる息子がいるって言ってた。先生も、だれかのお父さんなんだ。
「先生ってさぁ、ちょっと口くさいよね。」って、みゆちゃんが言ってた。
たしかに、近くでお話ししたら、ちょっとタバコくさい時がある。
タバコをすうお父さんは、いやだなぁ。
わたしのお父さんなら――
「たばこ?すったことないよ。体に悪いしね。」
わたしのお父さんは、そう言って笑うんだ。お父さんのはく息は、いつもミントのかおりがする。――
いろんな、“だれかのお父さん”を観察してみたけど、ちっとも“わたしのお父さん”みたいな人はいませんでした。
いるわけありませんよね。
だって、ぜーんぶわたしの妄想なんですから。
「だから、ちっともさみしくないよ。お母さん。」
そう言って笑ったわたしに、お母さんは泣きながら言った。
「ごめんなさい、あなたに、そんなに寂しい思いをさせていたなんて・・・」
さみしくないって言ったのに、なんでお母さんはそんな事言うんだろう?
なんで、お母さんは泣いているんだろう?
なんで、わたしは泣いているんだろう?
ほんとは、ほんとは、ずうーっとうらやましかったんだ。
学校に行くときに見かけた、スーツのおじさんは、家族のために、必死で働いているんだろう。きっと、家族を幸せにするために、イヤなお仕事もがんばっているんだろう。
かりんちゃんのお父さんは、わたしが遊びに行くと、いつもいっしょに遊んでくれる。お休みの日くらい、ゆっくりしたいと思うのに。すごくやさしい人だと思う。
お母さんとお買い物に行ったときに見かけたおじさん。いっぱい荷物を持ってたなぁ。子ども服のお店の紙ぶくろに、女の人の上着も持ってた。たいくつだろうに、文句も言わず家族を待ってるんだろう。きっと、いいお父さんなんだろうな。
担任の大原先生は、いつもクラスのみんなの事を考えてくれている。わからない所を聞きにいくと、「おっ、えらいなあ!なんでも聞いてくれ!」って、とってもていねいに教えてくれる。いつも、クラスのみんなの良いところを見つけては、ほめてくれる。
みんな、みんな、すてきなお父さんなんだ。
――なのに、わたしにはいない。――
でも、
だけど!
わたしには、世界一すごいお母さんがいる!
お仕事がいそがしいのに、おいしいご飯を毎日作ってくれる。わたしの服を、毎日せんたくして、いいにおいにしてくれる。お休みの日には、どこかに連れて行ってくれる。運動会には、わたしの大好きな、ちょっとあまいたまご焼きと、からあげを、たくさん作ってきてくれる。
――わたしのために、一人で、お父さん役もこなしてくれる。
だから、お父さんがいるおうちの子どもを、“うらやましい”と思ったことはあるけど、お父さんがいないことを“さみしい”と思ったことはないよ。
「だからお母さん、わたしは、ちっとも“かわいそうな子”じゃないよ!」
「大切に育ててくれて、ありがとう。お母さん大好き!」
――それからわたしは、だれかに「お父さんいなくて、さみしくないの?」って聞かれたら、
「さみしくないよ。だって、わたしには世界一のお母さんがいるから!」
って、答えています。
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