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祖母は穏やかな人だった。そこが偏屈な祖父とうまく噛み合ったのだろう。
祖父の仕事中は同じ家にいても滅多に顔を合わさず、画室に入ることも許さず、ただその日の食事だけを祖母は運ぶ。祖父が画室から出てくるのは、部屋の外に置かれた食事を取る時と、便所のときだけ。食事も画室の中で食べて、空の茶碗を部屋の外に放り出す有様。
孫の鈴でも、いやだなと思うことがあるのに、祖母はいつも笑って祖父に意見一つしなかった。
そして祖父の完成した絵を真っ先に見せてもらえるのは祖母だけだった。弟子である父ですら、完成間際には画室から追い出されてしまう。そうしてぼさぼさの髪と不精髭姿の祖父が画室からでてくると「おいっ」と家中に響く声で祖母を呼ぶのである。すると祖母は祖父愛用の煙草を持って応える。
そうして祖父は煙草を吸いながら、祖母の誉め言葉にむっつり顔で頷くのだ。
その祖母が亡くなったのは、鈴が十歳の冬。凍える日が続いたある朝、祖母の体は冷たくなっていた。鈴は泣いた。そんな鈴を父が慰めてくれた。祖父は祖母の遺体に近づこうともせず、少し離れた場所から祖母が送られていく様をじいっとみつめていた。
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