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ダイアローグ
決して仲が悪かったりはしないが、父は仕事で帰りが遅くなることが多く夕食はほとんど別にとっていたし、土日は僕が学校の部活で家を空けていたからゆっくり話をする機会はあまりなかった。
相談ごとがあれば、まず母に話をして、必要な場合は、母から父に伝えてその後三人で話すような感じだったし、大学を出て就職してからもなかなか打ち解けるきっかけが掴めないでいる。
ただ、そのくらいは平均的な父と息子の距離感の範疇なんだろう。こんな時はTVって便利だな、とぼんやりと画面を眺めながら考える。
父は結構な量を呑んでいて口数もさらに少なくなっていたけど、番組の女性キャスターが「今日は父の日でしたね」と発言したのを受けて、こちらを向かないままぽろっと言った。
「……俺、ひろしみたいな父親になりたかったのよ」
不意に出た言葉に、一瞬ぽかんとしてしまったけど、子どもの頃一緒に観ていた『クレヨンしんちゃん』のパパを指して言っているのだと何故かわかった。
「どうってことない普通の人なんだけど、家族を頑張って支える姿が何だか格好よくてなぁ。芸能人とかの格好いいパパっていうんじゃなくて、父親として格好いいんだ。
もっとも、お前は、俺が大して父親らしいことをしなくても、あっと言う間に大きくなって無事大学も出て、皆が知ってるような有名企業に就職もして、こうして酒も呑めるようになっちまったけどな」
それに対して僕はすっと返事が出来ないでいるし、父も次の言葉を継がずにTVに視線を向けたまま黙っている。
父はひろしであろうとして頑張ってくれ、僕はそのおかげでしんちゃんのような小さな子どもから大人になれた。
この人も同じなのだ。それから僕がどう接したらよいのかわからなかったように、僕にどう接したらよいのかわからないだけなのだと気付いた。
ーねえ、お父さん、今度、外に呑みに行かないか。駅の裏に職場の人に教えてもらった地方の地酒を揃えてあるお店があるんだ。料理も日本酒に合うチーズセットとか変わってて美味しそうなのが沢山あったよー
(変なこと言ってないよな)と反応を気にしながら、おずおずと僕が誘うと父は「-いいな」と返事をして少し笑った。
慣れていないだけで、気持ちをきちんと向けられれば嬉しいに決まっている。
特別な理由なんてなくてもいいし、別に記念日でなくもいいのだ。
飲み過ぎで明日の朝、覚えてないなんてことにならなければいいけどー とすっかり赤ら顔の父に目をやって、僕も随分と酔いの回った頭でそんな事を考えた。
完
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