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「チョコレートは、いるかい?」
貧困街の紛争地域で、ボロ切れを来た少女に洋菓子を差し出し、不気味な笑みで詰め寄る行為は、無論、重大な軍規違反であった。
電球も無い鉄柱の道路照明に背を預ける少女に、衆目を浴びながら売春を持ちかける。
軍服で行う悪行にしては、少々度が過ぎる……、と、この国の反逆者達は思わないのだろうか?
ましてやこの軍服の腕章は、この国の敵を示す標榜である。
行き交う商人、窓から見下ろす奥方、昼間から飲んだくれている酒場の男達は、紛争仲介の名義の元にやってきた侵略者へ、なんの怒りも覚えないのだろうか?
白昼堂々の横暴を、なぜ、見て見ぬ振りをしているのだろうか?
答えは、少女の、その瞳にあった。
少女は男の双眸を捉えると、虹彩をぐっと広げ、黒々とした瞳孔で全てを飲み込み、値踏みした。
「いいよ」
少女と幾らか歩いただけで、異変に気付いた。
誰もが、彼に振り返る。
少女にではなく、男に振り返る。
それは決して咎めたものではなく、憐れむものだった。
三日前、装甲車両の中から、ここに佇む彼女を見た。
少女の放つ雷のような視線に惹かれ、逃れず、終には声を掛けていた。
住人達のこの視線に、覚えがあった。
存在無き者への、憐憫。
本土より遠く離れた地中海の片隅で、故郷と同じ悪臭を嗅いだ。
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