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※
「あれは馬鹿の息子で、奇人だ」
小汚い労働者だけが屯する、アル中のろくでもない酒場の亭主にさえ、そう呼ばれていた。
気が良いだけの父には、莫大な借金があった。母は幼い頃にどこかへ消えた。
父はいつも平穏な笑みを浮かべ、どれだけ街の連中に蔑まれても、決して怒りに身を任せる事はなかった。
だから、大人達が「あの馬鹿」と言えば、それは父を指すのがこの街での風習だった。
馬鹿のおかげで、学校では散々にイジメられた。母がこの家から消えた理由を、息子は誰よりも理解していた。
こんな奴の為に、なぜ、自分がこのような扱いを受けるのか?
父は度々、本を買ってきた。どこからチョロまかした金なのかは知らないが、財布に金があると借金取りに徴収されるし、食べ物に変えても利子として奪われる。だから、価値の無い本に変えていたのだろう。
子供とは大変なもので、学校も行けずやる事も無いのに、体力だけは十二分に余っていて、本を片手に山へと散策に出かける毎日だった。
毎日そればかりしていた為、山の動物、昆虫、植物も全て覚えてしまい、新種に見える昆虫を見つけると、喜々として心を躍らせた。
そんな出会いは度々あるものではなく、暇を持て余すと、小さな滝の畔の岩場に腰かけ、滝を昇る龍でも思い描いた。
川辺を渡る小さな蛇を見つけては、「龍になれ、龍になれ!」と叫んでいた。川を横断する蛇の腹が魚たちによってつつかれると、その鼓舞は余計に大きくなっていく。
必死に逃げる蛇が川を半分ほど横断した時、高滑空で鳶がやってきて、あっけなく捕まった。
鳶でもいい。
鳶もカッコいい。龍か猛禽類になりたかった。
こうした奇妙な発狂姿を、稀に村人に発見され、少年は「奇人」と呼ばれていた。
安いモーテルの前に着き、受付も通さず部屋へと入る。
ドアの前で、少女はまた睨んだ。
「馬鹿なの? 阿呆なの? 私が、怖くないの?」
睨む眼光に、一寸のブレもない。
「あぁ……きっと」
三日前、あの道路を軍用車で通り過ぎた時から、ずっと、この瞳に憧憬していた。
別に、少女趣味など無かったというのに。
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