キミをみつけて 【ベルネルテル外伝】

4/8
前へ
/8ページ
次へ
   ※  学校へ再び通うようになったのは、無粋な理由からだった。  街の市場で度々見かける少女が居た。ブロンズの髪が綺麗で、真っ青な瞳が宝石のようだった。  上品な衣服は丁寧に手入れがされていた。裕福そうな少女だったが、貧しい街の住人達とも気さくに話す。  その笑みが、男にも向けられた。  彼が市場に顔を出すと、(はな)で笑う人々。リンゴをくれと頼んでも「ツケじゃ買えないよ」と揶揄される。紙幣を見せても渋々顔を(しか)め、腐りかけたリンゴを渡そうとするも「おっと」などとオーバーなリアクションでリンゴを地面に落とされた。 「あら、ごめんよ。1割負けとくよ」  ただでさえ腐って価値もなく、地面に落ちて潰れたそれを、たったの1割。  でも、これが日常だった。これでさえ、まともに食料の調達はできなかった。  そんな日常を、彼女が壊した。 「なによ、それ。こんなもの、なんの商品価値も無いじゃない」  腐ったリンゴを拾い、女亭主に差し戻した。 「彼は、ちゃんと紙幣を支払った。代価が出せないのなら、商売人としての信用は無いわね。私、もうここでは買わない事にする。それで、いい?」  女亭主は慌てふためき、新品のリンゴを大量に袋に詰めて彼女に渡した。  彼女はその中の一つを取り、残りは返品した。 「情けない」  彼女は男の背中を叩き「もう、いこ」と誘った。  新品のリンゴを渡され、こんなものを食べられるのは何年振りになるのか分からず、震えてしまった。 「貴方、立ち向かわないの? どうして、あんな横暴を受け入れられるの?」 「やっても、負けるから。何人もいるんだ。人間って」 「だとしても、私なら戦う。死んでも、抗ってみせる」  いつもの言い分をする人間ではあった。  誰も、そう言う。  駄目なのは、こちらじゃない、彼なのだと。  彼女を家まで送ると、案の定の豪邸だった。すぐに街でも噂になっていた。大手金融商社の重役令嬢だった。親の政界進出の為、ここへ越してきたようだった。  生まれが違う。  育ちも違う。  だから価値観だって当然異なる。  でも彼女は、人として憧れるものも持っていた。  それから度々、彼女とは街ですれ違い、その度声をかけてくれ、食べ物を恵んでくれたり、話もしたりした。  彼女のうちに、親、家族は住んでいない。籍を置くためだけの別荘である。よくある話なのだが、彼女はそれが気に入らなかったそうだ。 「この地で票を得る以上、ここを愛さなきゃ、意味ないじゃない。身の無い躍進なんか、何も生み出さないのよ」  気高く、志向に溢れ、生気に満ちていた。  世界の上澄みしか知らない少女だが、むしろそれが輝いて見えた。  初めての恋だった。  彼女は同じ学校だったようで、「私、友達がいないの。一緒の学校で良かった」と言われてしまえば、登校する他にない。  学校に通えば当然のようにイジメは再開されたし、彼女もその地位と性格からすぐに大勢の友達を作ったので、最早彼が登校する必要性は無くなっていたのだが、それでも、通った。  彼女はクリケットを始めたようだ。チアリーダーにも入るらしい。テストはいつも学年首席。彼氏ができたようだ。そうした彼女の日常を見ていられるだけで、彼は幸せだった。  山と川と本しかなかった生活は、躍動する彼女の麗容(れいよう)で、立体的な奥行きと、人類という歴史に彼を誘致した。
/8ページ

最初のコメントを投稿しよう!

0人が本棚に入れています
本棚に追加