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※
学校へ再び通うようになったのは、無粋な理由からだった。
街の市場で度々見かける少女が居た。ブロンズの髪が綺麗で、真っ青な瞳が宝石のようだった。
上品な衣服は丁寧に手入れがされていた。裕福そうな少女だったが、貧しい街の住人達とも気さくに話す。
その笑みが、男にも向けられた。
彼が市場に顔を出すと、洟で笑う人々。リンゴをくれと頼んでも「ツケじゃ買えないよ」と揶揄される。紙幣を見せても渋々顔を顰め、腐りかけたリンゴを渡そうとするも「おっと」などとオーバーなリアクションでリンゴを地面に落とされた。
「あら、ごめんよ。1割負けとくよ」
ただでさえ腐って価値もなく、地面に落ちて潰れたそれを、たったの1割。
でも、これが日常だった。これでさえ、まともに食料の調達はできなかった。
そんな日常を、彼女が壊した。
「なによ、それ。こんなもの、なんの商品価値も無いじゃない」
腐ったリンゴを拾い、女亭主に差し戻した。
「彼は、ちゃんと紙幣を支払った。代価が出せないのなら、商売人としての信用は無いわね。私、もうここでは買わない事にする。それで、いい?」
女亭主は慌てふためき、新品のリンゴを大量に袋に詰めて彼女に渡した。
彼女はその中の一つを取り、残りは返品した。
「情けない」
彼女は男の背中を叩き「もう、いこ」と誘った。
新品のリンゴを渡され、こんなものを食べられるのは何年振りになるのか分からず、震えてしまった。
「貴方、立ち向かわないの? どうして、あんな横暴を受け入れられるの?」
「やっても、負けるから。何人もいるんだ。人間って」
「だとしても、私なら戦う。死んでも、抗ってみせる」
いつもの言い分をする人間ではあった。
誰も、そう言う。
駄目なのは、こちらじゃない、彼なのだと。
彼女を家まで送ると、案の定の豪邸だった。すぐに街でも噂になっていた。大手金融商社の重役令嬢だった。親の政界進出の為、ここへ越してきたようだった。
生まれが違う。
育ちも違う。
だから価値観だって当然異なる。
でも彼女は、人として憧れるものも持っていた。
それから度々、彼女とは街ですれ違い、その度声をかけてくれ、食べ物を恵んでくれたり、話もしたりした。
彼女のうちに、親、家族は住んでいない。籍を置くためだけの別荘である。よくある話なのだが、彼女はそれが気に入らなかったそうだ。
「この地で票を得る以上、ここを愛さなきゃ、意味ないじゃない。身の無い躍進なんか、何も生み出さないのよ」
気高く、志向に溢れ、生気に満ちていた。
世界の上澄みしか知らない少女だが、むしろそれが輝いて見えた。
初めての恋だった。
彼女は同じ学校だったようで、「私、友達がいないの。一緒の学校で良かった」と言われてしまえば、登校する他にない。
学校に通えば当然のようにイジメは再開されたし、彼女もその地位と性格からすぐに大勢の友達を作ったので、最早彼が登校する必要性は無くなっていたのだが、それでも、通った。
彼女はクリケットを始めたようだ。チアリーダーにも入るらしい。テストはいつも学年首席。彼氏ができたようだ。そうした彼女の日常を見ていられるだけで、彼は幸せだった。
山と川と本しかなかった生活は、躍動する彼女の麗容で、立体的な奥行きと、人類という歴史に彼を誘致した。
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