キミをみつけて 【ベルネルテル外伝】

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   ※  テントとプレハブだらけの宿営基地に戻ると、祝宴が開かれていた。  まだ夜の口だというのに、任務中だというのに、酔っ払いの兵士が戯れている。  兵士が一人、男に肩を組んできた。 「おー、イーサン。幼女の具合はどうだったよ? 初めてがキツキツじゃ、すぐにイッちまって呆れられたんじゃないのか? あぁ?」  見られていたのだろう。仕方がない。幼女を連れて大通りを歩けば、見つかって当然だ。  苦笑いし、話を逸らせた。 「あ、いや、別に……。それは、また話すよ。それにしても、なんだい、この騒ぎは」 「終わりだ、終わり! 俺達の、大、勝利!」  別の男が寄ってきた。 「頭が死んだんだよ。特殊部隊の連中が取ったらしい。お前がガキを抱いてる間、さっきまで死体を拝めたぜ」 「頭……、確か、女性だったか?」 「おうよ。そりゃまぁ……別嬪(べっぴん)さんだ。マフィアの連中が、玉抜かれちまったのも理解できる。そりゃぁ、お前さんはチンチクリンのガキが好みかもしれねーがよ、俺達玄人は、あーいうのがイカすんだぜ」  散々に浮かれている。  疑問しか過らない。  此度の戦線は、ベトコン以来の死地になると聞いていた。ここへ来て、あの子供を見て、それは確信していた。  あんな年端もいかない子供でさえ、歴戦の獅子をも軽く捻るであろう風体をしていた。  ましてや、このテロの首謀者は「魔女」と呼ばれる人を外れた能力の持ち主だと聞いていたのだ。  この連中が?  こんな連中が?  いくら特殊部隊とはいえ、そう容易く主犯を捕らえられるのか?   であるのならば、なぜ、一個中隊もの戦力がここに集う必要があったのだ?  もっと言うのならば、この騒ぎはなんだ?  いくら酒を煽ったからとはいえ、はしゃぐにも程がある。そこら中で全裸になって暴れ、床に這いつくばって自慰を始めるものもいれば、喧嘩で吐血し、殴り合っている奴等までいる。  酒? 麻薬の間違いではないのか?  疑義を過らせていると、背後から大声が上がった。 「イーサン・ムーア!」  部隊長が彼を睨み、人差し指で招いた。  来い、と。  周囲の連中はゲラゲラと喝采し、野次を飛ばした。 「隊長、そいつぁ今日、童貞卒業してきましたぜ! 任務中に、けしからん奴ですよ! 厳罰をくれてやってください!」  口笛が鳴る。  隊長は睨み、首で戸口を指した。  黙って、追従した。  パーティ会場を出ると、人目も触れないプレハブとプレハブの隙間に連れていかれた。 「休日とはいえ、やって良い事と悪い事がある。分からんか?」  顔を伏せた。 「罰を与える。壁に、手をつけ」  抵抗はしなかった。  抵抗すれば、次の戦場で後頭部に穴が開く。  壁に手をつくと、腰に手を回され、ベルトを外され、ズボンもパンツも同時に降ろされた。  思考を止めよう。  明日、少女を抱く妄想をした。  傷だらけで、美しい肢体であった。  明日になれば、彼女を抱ける。  あの美しい体に、触れられる。    明日を描くという現実逃避は、希望に満ちた麻酔であった。  ぬめりのある奴のそれが臀部(でんぶ)に触れた時、膝に震えが迸った。 「え」 「ん?」  彼だけではない。隊長までもが何かを感じた。  その時だった。  背後の空が、白く光った。  猛烈な光は、瞬時に音を耳へと伝えた。  爆炎が逆巻いた。    立ってさえいられない程、地面が揺れた。  一つの揺れで、耳の機能が失われた。  (つんざ)く電子音だけが能に響き、眼球までも揺らして地面に膝をつく。  遠くから、警報の音が聞こえている。  赤い照明がそこかしらに点灯する。  隊長はズボンをあげて駆け出した。  漸く戻った聴覚に、サイレンと銃声と、人の叫び声が飛び込んだ。  何かが、始まった。  いたる場所から、炎と爆破。  空襲かと空を見上げても、煙しか映らない。  次々に、照明が破壊されて消えて行く。  プレハブの隙間になど、もはや灯は届かなくなり、深い闇がこの地を包む。  なんとかプレハブを脱却すると、唖然と膝をついてしまった。  女神の演武が、奏でられていた。  真っ黒な軍服を着た少女が、人を踏み台に、宙を舞っていた。  大きな月を背景にし、両手に携えた突撃銃を打ち鳴らす。  少女が舞うと、円を描いて兵士は倒れる。  集まる兵士を踏み台にし、また、空を舞う。  黒い髪が月光を帯び、艶やかに死の輪舞をそよがせる。  まさに、これは、龍だった。    夜の帳を、昇る龍。  打ち下ろす銃身が、翼に見える。  闇より()づる、漆黒の鷹。  この戦場には、怪物がいると聞いていた。  彼女を見つけたその日から、それが幼気な少女の形をしていると、気付いていた。  しかしそれには、疑問があった。  彼女は本当に、化物なのか?  三日間、刮目を続けた御尊顔。  拝観できた、その肉体。  差し伸べられた、愛他の眼差し。  なんと美しい、死神なのだろう。  宙を舞う少女は男を見つけ、双眸(そうぼう)を交わした。  今、人生は極まれた。  少女の銃口が、男へ向いた。  黒い鉛が円となり、大きくなって空間を刻んでいく。  あぁ、アイリーン。  あの世で、君に自慢をするよ。    僕は、一生懸命、生きたんだ。  その全てを貰ってくれる人に、出会えたんだよ。  ねぇ、父さん。  これもなかなか、悪くない人生だよね。  僕達は、何も、間違ってはいなかったんだ。  鉛の円は視界を埋め尽くし、プツっと光を発して、電気を消した。
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