0人が本棚に入れています
本棚に追加
※
テントとプレハブだらけの宿営基地に戻ると、祝宴が開かれていた。
まだ夜の口だというのに、任務中だというのに、酔っ払いの兵士が戯れている。
兵士が一人、男に肩を組んできた。
「おー、イーサン。幼女の具合はどうだったよ? 初めてがキツキツじゃ、すぐにイッちまって呆れられたんじゃないのか? あぁ?」
見られていたのだろう。仕方がない。幼女を連れて大通りを歩けば、見つかって当然だ。
苦笑いし、話を逸らせた。
「あ、いや、別に……。それは、また話すよ。それにしても、なんだい、この騒ぎは」
「終わりだ、終わり! 俺達の、大、勝利!」
別の男が寄ってきた。
「頭が死んだんだよ。特殊部隊の連中が取ったらしい。お前がガキを抱いてる間、さっきまで死体を拝めたぜ」
「頭……、確か、女性だったか?」
「おうよ。そりゃまぁ……別嬪さんだ。マフィアの連中が、玉抜かれちまったのも理解できる。そりゃぁ、お前さんはチンチクリンのガキが好みかもしれねーがよ、俺達玄人は、あーいうのがイカすんだぜ」
散々に浮かれている。
疑問しか過らない。
此度の戦線は、ベトコン以来の死地になると聞いていた。ここへ来て、あの子供を見て、それは確信していた。
あんな年端もいかない子供でさえ、歴戦の獅子をも軽く捻るであろう風体をしていた。
ましてや、このテロの首謀者は「魔女」と呼ばれる人を外れた能力の持ち主だと聞いていたのだ。
この連中が?
こんな連中が?
いくら特殊部隊とはいえ、そう容易く主犯を捕らえられるのか?
であるのならば、なぜ、一個中隊もの戦力がここに集う必要があったのだ?
もっと言うのならば、この騒ぎはなんだ?
いくら酒を煽ったからとはいえ、はしゃぐにも程がある。そこら中で全裸になって暴れ、床に這いつくばって自慰を始めるものもいれば、喧嘩で吐血し、殴り合っている奴等までいる。
酒? 麻薬の間違いではないのか?
疑義を過らせていると、背後から大声が上がった。
「イーサン・ムーア!」
部隊長が彼を睨み、人差し指で招いた。
来い、と。
周囲の連中はゲラゲラと喝采し、野次を飛ばした。
「隊長、そいつぁ今日、童貞卒業してきましたぜ! 任務中に、けしからん奴ですよ! 厳罰をくれてやってください!」
口笛が鳴る。
隊長は睨み、首で戸口を指した。
黙って、追従した。
パーティ会場を出ると、人目も触れないプレハブとプレハブの隙間に連れていかれた。
「休日とはいえ、やって良い事と悪い事がある。分からんか?」
顔を伏せた。
「罰を与える。壁に、手をつけ」
抵抗はしなかった。
抵抗すれば、次の戦場で後頭部に穴が開く。
壁に手をつくと、腰に手を回され、ベルトを外され、ズボンもパンツも同時に降ろされた。
思考を止めよう。
明日、少女を抱く妄想をした。
傷だらけで、美しい肢体であった。
明日になれば、彼女を抱ける。
あの美しい体に、触れられる。
明日を描くという現実逃避は、希望に満ちた麻酔であった。
ぬめりのある奴のそれが臀部に触れた時、膝に震えが迸った。
「え」
「ん?」
彼だけではない。隊長までもが何かを感じた。
その時だった。
背後の空が、白く光った。
猛烈な光は、瞬時に音を耳へと伝えた。
爆炎が逆巻いた。
立ってさえいられない程、地面が揺れた。
一つの揺れで、耳の機能が失われた。
劈く電子音だけが能に響き、眼球までも揺らして地面に膝をつく。
遠くから、警報の音が聞こえている。
赤い照明がそこかしらに点灯する。
隊長はズボンをあげて駆け出した。
漸く戻った聴覚に、サイレンと銃声と、人の叫び声が飛び込んだ。
何かが、始まった。
いたる場所から、炎と爆破。
空襲かと空を見上げても、煙しか映らない。
次々に、照明が破壊されて消えて行く。
プレハブの隙間になど、もはや灯は届かなくなり、深い闇がこの地を包む。
なんとかプレハブを脱却すると、唖然と膝をついてしまった。
女神の演武が、奏でられていた。
真っ黒な軍服を着た少女が、人を踏み台に、宙を舞っていた。
大きな月を背景にし、両手に携えた突撃銃を打ち鳴らす。
少女が舞うと、円を描いて兵士は倒れる。
集まる兵士を踏み台にし、また、空を舞う。
黒い髪が月光を帯び、艶やかに死の輪舞をそよがせる。
まさに、これは、龍だった。
夜の帳を、昇る龍。
打ち下ろす銃身が、翼に見える。
闇より出づる、漆黒の鷹。
この戦場には、怪物がいると聞いていた。
彼女を見つけたその日から、それが幼気な少女の形をしていると、気付いていた。
しかしそれには、疑問があった。
彼女は本当に、化物なのか?
三日間、刮目を続けた御尊顔。
拝観できた、その肉体。
差し伸べられた、愛他の眼差し。
なんと美しい、死神なのだろう。
宙を舞う少女は男を見つけ、双眸を交わした。
今、人生は極まれた。
少女の銃口が、男へ向いた。
黒い鉛が円となり、大きくなって空間を刻んでいく。
あぁ、アイリーン。
あの世で、君に自慢をするよ。
僕は、一生懸命、生きたんだ。
その全てを貰ってくれる人に、出会えたんだよ。
ねぇ、父さん。
これもなかなか、悪くない人生だよね。
僕達は、何も、間違ってはいなかったんだ。
鉛の円は視界を埋め尽くし、プツっと光を発して、電気を消した。
最初のコメントを投稿しよう!