7月

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7月

 「あ゛ーつ゛ーい゛ー」 放課後、外でセミがうるさく鳴く教室で河田が扇風機に叫んだ。 教室にはクーラーがなく、古びた扇風機が面倒臭そうに首を振っている。 「なんで、うちの学校はクーラーがついてないの。県内の私立は全部、クーラーが設置されたらしいのに。」 「仕方ないだろ。私立に比べて、県立なんて校舎はボロボロだし、クーラーなんてあと回しにされるんだろ。」 俺は、作業をしながら答えた。 「校長に訴えてください。委員長。」 河田が急に姿勢を正して訴えてくる。 「言う相手を間違えてるぞ、副委員長。そういうことは生徒会長に言えよ」 「役立たず。」 河田は拗ねたように扇風機に当たっている。 「あ゛ーつ゛ーい゛ーよ゛ー」 河田がまた叫んだ。 「これ、小さいときによくやったよね。扇風機に向かって叫ぶとロボットみたいな声になるやつ」 「やったことねぇよ。そんなこと。」 「恥ずかしがらなくてもいいんだよ。小さいときはみんなやってるんだから。」 河田は少し誇らしくしている。 「河田、お前は小さい時からバカだったんだな。」 「西川はかわいそうな幼少期だったんだね。」 「先生ってさ、絶対、自分がやりたくない仕事を私達に押し付けてるよね。アンケートの集計とか先生でも出来るじゃん。」 しばらくの沈黙のあと河田は相変わらず、だらけながらぼやいた。 「 じゃなくて  な。 河田も少しは手伝えよ。」 「わかったよ。でも、その前にお花摘んでくる。」 「どこのお嬢様だよ。」 一応、突っ込んでおく。 俺は河田が教室を出ていくのを確認した。 実は俺は先ほどからとある衝動を我慢していた。 少しくらいならいいか。 いや、ここで河田が戻って来て見られたらまずい。 でも、少しだけなら…… 俺は、意を決して扇風機に向かって叫んだ。 「あ゛ーーーーーー」 確かに声がロボットみたいになっておもしろい。 「なんだ、西川もやりたかったんじゃん。」 いつの間にか河田が教室に戻ってきていた。 しまった、と思ったがもう手遅れだ。 「もう!いつまでも遊んでないで、早く集計終わらせよ。」 どっちの台詞だよ、と言いかけたがやめておく。 「もう終わったよ、集計。」 「さすが。出来る男はちがうね。」 河田は調子よく喜んでいる。 「先生に提出して帰ろうぜ。」 俺は鞄を持ち、席を立った。 「西川」 教室を出ようとした時、後ろから河田に呼び止められる。 「実はさ、バレンタインのとき、西川にチョコレートを渡したかったんだよね。」 「急になんだよ。」 河田に先ほどまでの調子の良さはない。 「でも、私、料理出来ないから手作りチョコ失敗しちゃってさ。結局渡せなかったんだ……」 なんと答えたらいいかわからず、無言で立ち尽くしていた。 「だから、今更だけどこれ……」 河田はポケットから封筒を取り出し、こちらに差し出した。 「後で読んでね。」 河田は封筒を渡すと、かわりに俺が持っていたアンケートの集計用紙を取った。 「集計してくれたから、これは私が先生に提出しとくね。」 俺が何か言う前に河田は走っていってしまった。 「お返しはGODIVAのチョコでいいから!」 廊下の遠くのほうで河田が叫んでいる。 俺はただただ棒立ちでいた。 我に返り、河田から受け取った封筒を開く。 封筒には手紙が入っていると思ったが、違った。 中にはカードが入っている。 「なんだこれ。」 思わず声がでる。 ポテトチップスのオマケについてくるカードだった。 「これは」 とあるチームの外国人選手だ。 河田にしてやられた。 「これは、バレンタインなんかじゃない。 バレンティンじゃないか。」 俺は呟き、そして笑った。 (これとGODIVAじゃあ割に合わないな。 ) そう思いながら俺は、スマホを取り出し 「GODIVA プレゼント用」 と調べた。
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