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おとうさん。
中学生の私に、“お父さん”はいない。
小さな頃は確かに存在していたはずなのだが、いつの間にか私の世界からその人はいなくなってしまっていた。
印象に残っているのは、最後に幼い私を抱きしめて、お父さんが言った言葉だ。
『ごめんな、美和。お父さん、もう駄目みたいなんだ。このままじゃ、お父さんがお父さんじゃいられなくなっちゃうんだ。だから、ごめん。お前を置いていくことを、許してくれな……』
その言葉を最後に、お父さんは家からいなくなった。どうしていなくなったのか、なんてお母さんに尋ねることなどできたはずもない。そもそもお父さんが出て行ったのは、十中八九お母さんが原因であったからだ。
両親は、幼い私の目の前でもしょっちゅう喧嘩をする人達であった。正確には、殆どお母さんが一方的にお父さんを怒鳴っていた記憶がある。幼いながらに覚えている言葉と、今の知識を照らし合わせて考えるに――お母さんはとにかく独占欲の強い人であったのだと思うのだ。
とにかく、お父さんを独り占めしたかった。お父さんが残業で遅くなればすぐに浮気を疑うし、お父さんが嫌がっても必ず携帯電話を毎日チェックさせいていたのである。多分、取引先の人だとか、同僚の人だとか、女性っぽい名前が一つでもあるたびに詰って無理やり消させていたのではなかろうか。お父さんはお母さんに携帯を取られて叱られるたび、本当に困った様子であったのだから。
そんなお母さんの印象に残っている台詞は、とにかくこれに尽きる。
『いい加減にして!敏さんは私のものなの。髪の毛一本から足の先まで全部全部全部全部私だけのものなの、いつになったらわかるの!?勝手な行動なんて、絶対絶対許さないんだから!!』
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