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何故、あそこまで嫉妬深く、苛烈な性格の母と結婚してしまったのか。それは永遠の謎ではある。確かに父と母が結婚しなければ私は存在していないし、嫉妬がからまなければ普段は料理が得意で優しいところもある母であったから、そういうところに魅力を感じたのかもしれないが。
きっと、恐ろしくプライドが高い人であったのだろう、母は。
本来ならば、父が自分から逃げることなど絶対に許せなかったはずである。年を重ねて家の状況が理解できるようになるにつれ、私は徐々に今の母に疑問を持つようになっていたのだった。
何故、父を独占したくてたまらなかった母が、父が出て行くのを黙って見逃したのか。
何故、父がいなくなって腹立たしいはずなのに、一人になってからの母は幼い頃よりもずっと落ち着いた性格に変わったのか。昔のように、嫉妬に狂って突然甲高い声で怒鳴ることもない。突然父の職場に乗り込んでいって迷惑をかけるような、そんな暴走をすることもない。勿論それは、今は単純に“できなくなったから”しないだけなのかもしれないが。
そうだとしても、普通なら血眼になって父を探そうとするはずである。探偵を雇うなりなんなり、方法はいくらでもあるだろう。雇おうとして断られるならいざ知らず、依頼する気配もないし、それで平気でいるのは一体どういう了見なのか。
他に、好きな男性がいる気配もない。ある日私はご機嫌で料理をする母に、意を決して問いかけてみたのである。
『あのさ、お母さん……うちのお父さんってさ』
貴女にお父さんなんかいません!と怒鳴られることも覚悟していた。
しかし、振り向いた母はにっこり笑って、こう言ったのだ。
『敏さん?とても素敵な人よ。お母さんをいつも一番大事にしてくれるし、家族のためを思っていつも働いてくれるの。ああ、もうすぐ父の日よね。精一杯お祝いしましょうね』
『お、お祝いするの?』
『するわよ、当たり前じゃない。……ああ、そうそう。昔はしょっちゅうお父さんと喧嘩してばかりで、本当にごめんなさいね。昔のお父さん、浮気ばっかりで全然お母さんのことを見てくれないから……愛されてないんじゃないかと思ってとっても心配で。不安定になっちゃってたの。今から思うと、子供の前であんなふうに喧嘩するなんて、母親失格だったわ。怖い思いをさせちゃって、本当にごめんね』
私は、混乱するしかなかった。
自分を捨てて出て行った筈の父を、何故母は責めないのだろう。父の日を、本人もいないのにお祝いすると言っているのだって妙だ。
ゆえに。
私は、あることを試してみることにしたのである。それは、学校で流行しているちょっとしたおまじないだった。
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