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第五章 赤の地平(2)
以前も訪れたオアシスの街、ヘベトは、僅かな間にすっかり様変わりしていた。
街の四方に建てられた見張り台に急ごしらえの防御壁。畑と街の間には、塹壕のような穴まで掘られている。商人や旅人の姿はほとんど見当たらず、街の住人たちは武装して、皆、どこかピリピリとした雰囲気だ。
先に到着していたティスの州軍は、街の郊外に幕営地をもうけている。既に怪我人が多数出ているようで、あちこちからうめき声やすすり泣く声が聴こえた。
血の匂い。そして、肉の腐るような言いようもない不快な匂い。
増援を待ち望んでいたのだろう、多くの軍旗をはためかせながらやって来たウアセトからの軍は、街の人々に歓声とともに迎えられた。
けれど、これから戦う戦場は沙漠で、相手は逃げも隠れも出来る盗賊団なのだ。単純に人数差で押し切れる相手ではない。
軍を率いるパディアメンは、到着するやすぐに兵たちに陣を構える用意をさせた。
体格からしてもただの貴族ではないと思っていたが、どうやら軍人が本業で、軍務経験は豊富らしかった。それに、連れている兵たちも、沙漠の旅は初めてではなさそうだった。
ウアセトからはオアシスのある沙漠とは反対側、東の山を越えた先の沙漠へ続く街道があるから、おそらく、普段はそちらの警護などをしているのだろう。
軍が幕営の準備をしていた時、沙漠のほうから、少人数の兵たちが大急ぎで戻って来た。そのうちの一人には、見覚えがある。
「帰還が遅れ申し訳ない。賊を追跡していたのです。」
ウアセトの軍を率いる指揮官のもとに駆け寄ってきた男は、汗だくのまま頭を下げた。
「…私が、ティスの遠征隊の指揮を務めております、ウェンアメンです」
彼は、ちらとパディアメンの側にいるヘリホルのほうに視線をやる。ヘリホルのほうも、軽く会釈して見せた。
「その様子では、ずいぶんとご苦労されたようだ。ネズミの尻尾は捕まえられませんでしたかな」
慇懃な様子で、パディアメンは言う。
「は、…すばしっこい連中で」
「後ほどゆっくり話を聞かせてもらおう。先に傷の手当をして来られるがよい」
ウェンアメンは軽く一礼し、部下たちを連れて引き上げていく。
先ほどの何か言いたげな視線が気になって、ヘリホルはパディアメンに尋ねた。
「私も行ってきて構いませんか? ウェンアメン殿とは、同郷のよしみがあるので」
「構わぬ。貴殿も旅の疲れはあろう。聖鷹ともども、ゆっくり休まれよ」
頷いて、ヘリホルは足早にその場を離れた。
周囲に人が増えたせいか、ヘカトは、肩の上が落ち着きなく、あちこちをきょろきょろ見回している。
「お父様、人間いっぱい。どれ味方? 何を倒すの?」
「ここにいる、皮鎧を来て揃いの武器を持ってる人たちは味方だ。あの、吹き流しの旗は味方の目印だ。黒犬神の街と、二本の羽毛の街。敵は、街の外からやって来るんだ。ここにいる人たちを殺すためにね」
独り言を言っていると思われないよう、囁くように声をひそめ、彼は、ヘカトに説明する。
「そうだ。お前は目が良い、空から『敵』を探せるか? 街道を街に向かってくるのは旅人だ。それ以外で、街の外をうろついていたり、様子を伺っている人間がいたら怪しい」
「探す、探す! エモノ、探す」
「いい子だ。あまり近付きすぎて矢に射られないよう気を付けるんだぞ。――それっ!」
鷹が、翼を広げて勢いよく羽ばたきながら舞い上がっていく。驚いたオアシスに住む小鳥たちが悲鳴を上げながら飛び立っていくのは少し悪いことをしたが、ヘカトは、今日は食べ物より初めて来た場所で飛ぶことに夢中になっているようだった。
(これで少しは、役に立てるといいんだけど…。)
行軍の道中も、オアシスへ着いてからも、特に何もしていないことに少し気が引けていたのだ。
何しろ神官ではないから、誰かを祝福することも、神の威光を示すようなことも出来はしない。彼に出来るのはせいぜい、鷹をつれてうろつくことと、忙しそうな物資の管理係の在庫管理を手伝うことくらいだ。
ウェンアメンの姿は、すぐに見つかった。
ティスの兵たちが幕営しているヤシの木の合間の目立つ場所で低い腰掛に座り、難しい顔をして部下の手当を受けている。
何か部下たちに文句を言っている様子だったが、ヘリホルが近づいてくるのに気づくと、すぐに口を閉ざした。
「ここまでで良い」
包帯を巻いていた部下の手を途中で止めさせると、彼は、溜息をつきながら苦笑した。
「見苦しい姿をお見せしてしまったな。既に聞き及んでいるだろうが、我が軍はこれまで、かの盗賊団に致命傷を与えられずにする」
「向こうには手練れの傭兵がいるのでしょう。仕方のないことです」
「そんなものは、何の言い訳にもならん。たった数人だ。それが、いいように手玉にとられこのざまとは」
重たいため息とともに、愚痴が零れだす。
「――だが、言いたかったのはそれではないのだ。私は沙漠で、赤い髪をした男に逢った。名は聞かなかったが、貴殿を知っていると。心当たりは?」
「ええ、あります」
ヘリホルは驚きながらも頷いた。
「友人です、…軍人は嫌いだと思っていましたが、姿を見せたんですか?」
「君を知っていると言うと手を貸してくれた。あれは、街の住人たちが『沙漠の神の代理人』とか呼んで一目置いている男だと思う。自らも盗賊でありながら、我々が到着するより前、住人たちを助けて戦ったとも。――信用の出来る男なのか?」
「もちろんです。ただ、彼は沙漠の掟によって生きています。金銭で縛ったり、約束させたりすることは出来ないでしょう」
言いながらヘリホルは、ウェンアメンの表情に気づいて思わず微笑んだ。経歴には何の汚点もなく、街で真面目に役人をしていたヘリホルに、どうしてならず者のような友人がいるのかと、訝しがっているのが分かったからだ。
「そう、言葉で説明するのは難しいですね。ただ、――彼は、思うままに行動する男です。誰かを助けたのなら、それは彼が『助けたい』と思ったからなのでしょう。そして、盗賊団を敵だと認識しているのなら、それは相手が気に入らないからで、どれだけの得があったとしても、決して敵側につくことはありません。」
「長い付き合いなのか?」
「鷹神様が結んだご縁だとすれば、もう、十年以上になりますね」
謎めいた答えとともに、彼はふと顔を上げた。鷹の戻って来る羽ばたきの音が、微かに聞こえたからだ。
「お父様、お父様! 見つけたよ」
鷹は興奮した様子で舞い降りて、差し出されたヘリホルの皮手袋を嵌めたほうの腕をしっかり掴んでとまる。
「敵を見つけたのか? どこだ?」
「あのねえ、陽の射す方角の岩の後ろに一人とねえ、街の畑のところに二人とねぇ」
「畑に…? ウェンアメン指令、敵が接近しているようです。住人が畑仕事に出ているかもしれない。急いで救援を!」
「あ、ああ。分かった」
言いながらも、ウェンアメンは首を傾げている。ヘリホル以外の人間には、鷹は、ピイピイ啼きながら羽根をばたつかせているだけなのだ。
けれど半信半疑に向かわせた兵士たちは、言われた場所で確かに隠れている盗賊団の斥候を見つけた。
側を通りかかったとしても、人間の眼では到底、見つけ出すことの出来ない隠れ方だった。
鷹が舞い上がり、戻って来るたび、次々と新しい報告がもたらされる。それはまるで、鷹匠自身で鷹の視点を共有しているように正確で、兵士たちはいつしか、密かに恐れを為すようになっていた。
そして噂するようになった。
「鷹神の神殿から寄越された鷹匠はただのお飾りではなく、本物の鷹神の使いなのだ」と。
街に近付く斥候は居なくなった。
けれど同時に、盗賊団の居場所も見つからなくなった。戦力の差を見て取ったからなのか、街に仕掛けてくることが無くなったからだ。そして、入り組んだ沙漠の谷間では、遠征隊より地元に住む盗賊団に利があった。
戦線が膠着状態になりつつあった頃、――赤い沙漠の奥から砂嵐が、戦陣の中へと舞い込んで来た。
その夜は月もなく、瞬きもしない星たちだけが濃紺の空に無数に輝いていた。静かな暗い沙漠には、かすかな風だけが吹いている。パディアメンは部下たちとともに天幕の中で、熱心に軍議を開いている。
布陣の良し悪しなどよく判らないまま途中までは聞いていたヘリホルも、疲れて中座していた。熱のこもった天幕から外に出ると、ヤシの緑をそよがせる涼しい夜風が心地よくて、ついひとつ欠伸をしてしまう。
(ここへ来て、もう何日になるだろう)
その間ずっと、緊張した状態が続いている。今に比べたら、以前の遠征など護衛つきの商用旅と変わらない。本物の戦場というものが、これほど体にこたえるものだとは思ってもみなかった。世の父親たちが息子を兵士にしたがらないわけだ。
どうにかして状況を打開して、早くケリをつけたいというのはパディアメンたち軍の指揮官の思いでもある。そのための会議が開かれている最中なのだ。
と、ヘリホルの肩に乗ってうつらうつらしていた鷹が、ふいに首をもたげ闇の中を見つめた。
「どうした、ヘカト」
「何かくるの。何かいるよ」
「敵か?」
「ううん違うの。嫌な感じじゃないの。でも良く分からない、鎧は着てないし、外から来る」
いつでも鷹を飛び立たせられるよう構えながら、ヘリホルは、用心深く木々の間の闇に眼を凝らした。微かな砂を踏む足音とともに、こちらに近付いてくる人影がある。
最初に見えたのは、黒い犬の鼻先だった。
それから、ゆったりとした亜麻布の服をまとった人間の姿が。赤毛の下に見慣れた顔を見つけて、ヘリホルは、安堵の溜息とともに構えを解いた。
「――何だ、セティか」
「お? いたいた。ははっ、本当に鷹なんて連れてやがる」
日焼けした顔に、にやりと笑うと白い歯が覗く。黒犬のカイビトを伴った男は、どこも以前と変わっていなかった。
「どうやって入り込んだんだ。オアシスの周りは警備されていて、近付く怪しい旅人は尋問されることになってるんだぞ」
「んなもん幾らでも躱せるさ、俺ならな」
自信たっぷりな軽口も以前のまま。
苦笑しつつも、ヘリホルは快い感覚を覚えていた。久しぶりに会った、という感じがしない。ずっと昔から知っていて、ほんの少し離れていただけような錯覚を覚えるのだ。
「それで? どうしてここへ」
「ハイエナの連中が奇襲をかける相談してんのを聞きつけてな。一応報せに来てやったんだ。お前らんとこの司令官がいたら、そいつに直接話したほうが速いだろ」
「…奇襲?」
「連中、そろそろ干上がりそうなのさ。後が無いのを判って、捨て身で仕掛ける気らしいぞ。ま、勝てやしないだろうが、ここの偉い将兵の首でも獲れりゃ御の字ってこったろうな」
ヘリホルはごくりと息を飲み、さきほど出て来たばかりの天幕のほうをちらりと振り返った。中にはランプの灯がまだ揺れており、パディアメンの人影が動いている。
「そうか。それなら、報せた方がいい、が…あの方と直接、話すかどうかは、君が決めたほうがいい」
「ん? どういうことだ?」
「今、あそこにいる人は、君の父上が沙漠に追放された顛末を知っているからだ」
僅かな、間があった。振り返ると、セティの表情が硬直している。
「君の父上は…ホルナクト、という名なのだろう」
「何で、それを…」
「その人は私の前任者で、かつて鷹神の神殿で会計係を務めていたからだ。知りたいかい? 何があったのか」
セティは、迷わず頷いた。
「親父は俺に何も言わずに死んだ。知ってるならぜんぶ教えろ。」
「わかった」
周囲に人がいないのを確かめてから、ヘリホルは話し出した。
二十年近く前に起きた出来事の顛末を、全て。
セティは相槌だけで、最初は黙って聞いていた。けれど、彼の反応は思っていたものとは少し違っていた。
父親の問われた罪を訊いた瞬間、大きく目を見開いた。――そして、見る間に笑顔になっていった。
「は、はは! ははっ」
肩を震わせて、ついに彼は笑い出した。
「セ、セティ?」
「あの親父が? 都の偉い神の妻を盗んだ、だって? なんだよ、大人しい顔して本物の極悪人だったんじゃねーか!」
腹を抱えながら、彼はいかにも嬉しそうに天を振り仰いだ。
「俺ぁ勘違いしてたんだ。親父は冤罪で、お人よしに罪でも着せられて追われて沙漠へ流れついたんだとばっかり思ってた…だが、違った。本物じゃねーか。神を欺いて俺を生んだお袋ともども、とんだ悪党だよ! ざまー見やがれ、寝取られの神め! 俺はこうしてぴんぴん生きてる。呪いなんてクソ食らえだ!」
「セティ、…」
「ああ、笑いすぎて涙が出て来たぜ。有難うなヘリホル。今ようやっと俺は、親父を誇りに思えるようになった。親父はすげぇ盗みをやったんだな。稀代の大盗賊だ。」
指で目元を拭うと、彼は、満面の笑みとともに陽気にヘリホルの肩を叩いて言った。
「よぉし、そんじゃ司令官とやらに逢いに行こうか? 俺の親父を裁いた奴がどんなツラしてるか、楽しみじゃあないか」
もちろん、それに異論は無かった。
ヘリホルは先に立って、さっき出て来た天幕へと戻った。
「お話し中、失礼します」
眉の間に皺を寄せながら顔を上げたパディアメンは、入り口の布の端を手でよけながら、ヘリホルの後からついて入ってくる赤い髪の男を見て、ぎょっとなった。
「あ、な、…」
「よう、邪魔するぜ」
セティは、自分の顔を見て驚いたその男のほうに向かってにやりと笑う。
「あんたが、ここでいちばん偉い軍人か」
「沙漠の神の使いが、盗賊団の動向を持ってきてくれました。少し話す時間を戴けますか」
平静な顔で言いながら、ヘリホルは脇へどいて、セティと黒犬のために入り口を譲った。
「セティ、さっき言っていた件を」
「ああ。盗賊どもは明日の夜、月の出る前に襲ってくるぜ。」
「なぜ判る?」
押し黙ったままのパディアメンの代わりに、同じ天幕の中にいたウェンアメンが問う。
「盗み聞きさ。人が増えれば情報を隠すのは難しくなる。他愛のないお喋りからでも動向が知れるからな。例の傭兵どもを筆頭に、連中は総攻撃を仕掛けてくるぜ。あんたらが来てから、街道で自由にエモノを襲うことも出来やしねえ。お陰でもう、食料が尽きそうなのさ。」
「なるほど。意外な弱点だな。――確かに兵糧の補給を絶てば、大勢の郎党を抱えて沙漠に籠っていられはしないだろう」
言いながら、ウェンアメンはさっきから妙に黙りこくっているパディアメンのほうに、伺うように視線を向けた。セティはにやにやしっぱなしだ。
「あんたらは迎え撃つ準備さえ整えておけばいい。奴ら、撤退する時ぁ隠れ家に逃げ帰るだろうから、先回りしとけば打ち洩らしもないだろうさ。道案内は、ここにいる俺の相棒だ。賢い奴だ、人の言葉はだいたい分かる。必要な時は声をかければいい」
言いながら、セティは側の黒犬の頭を撫でた。
「なるほど。――では閣下、すぐに迎撃の準備を」
「待て。その話、どこまで信用できるか吟味せねばならん」
パディアメンの声は、微かに掠れている。
「ヘリホル。何故、この者をここへ連れて来た。一体いつから…」
「最初からです。この沙漠を、初めて訪れた時から私は彼を知っていました。我が鷹神を通じて」
真面目な顔で、ヘリホルは答える。
「全ては黒い土地の王なる御方のご意向です。貴殿ならご存知のはずです。『二つの国を統べる』という意味を」
「…だが、その男は…我らを恨んではいないのか」
「恨む? 何を恨めばいいんだよ。川と崖に囲まれた狭い土地に縛られた可哀そうなお前らの、一体何を?」
セティは首を傾げ、壁にかけられた二本の羽根を象った旗をちらりと見やり、ふんと鼻で笑った。
「俺にはこの赤い沙漠の、どこまでも続く地平と空がある。親父はここで、最期まで好き勝手に生きた。――俺もそうするだけだ」
「……。」
「それじゃ俺は行くぜ。今夜はじきに砂嵐になる。巻き込まれるのは御免なんでな。ヘリホル、カイビトを頼むぜ。死ぬなよ」
言いながら、右手を差し出す。
「ああ。君も」
肩の辺りで右手を打ち合せて軽く握ると、セティは、その手を振って外の闇に溶けるように音もなく消えていった。
大きなため息とともに、パディアメンが低い座椅子の上にどさりと腰を落とす。
「あの男と、お知り合いなのですか」
「――かつて、ウアセトの王が追放した男の息子だ」
ウェンアメンの問いかけに、パディアメンは額に手をやりながら小さく答えた。
「赤子の頃に父親ともども、この赤い土地へと流された。それがまさか生きて…父親に生き写しのまま成長していようとは」
男は視線を彷徨わせ、天幕の入り口に立つヘリホルに気づいて視線を留めた。
「これは本当に、鷹神のご意向なのか?」
ヘリホルは、頷いた。そして、大きくはためく天幕の入り口に目をやった。
「そして沙漠の神の意向でもある。…ほら。彼の言ったとおり、そろそろ砂嵐が来ますよ」
先ほどまで穏やかだった空に、薄く灰色の雲が流れはじめていた。
焚火をしていた人々が、風にあおられて大きく燃え上がる炎に慌てて砂をかけようとしている。兵士たちは、天幕が飛ばされないよう、柱にくくりつけた布の端を大急ぎで確かめる。
「陣の様子を見て来なければ」
慌ててウェンアメンは天幕を出ていく。ヘリホルも、まだ考え込んでいる様子のパディアメンに軽く頭を下げ、黒い犬を連れて、自分の泊まる予定の天幕へと急いだ。
星々が隠されてゆき、砂と共に深い闇が押し寄せてくる。
風を防ぐものの何もないオアシスの外は、立っているのも困難なほどの強風の中だ。けれど、その闇の中にただ一人、平気な顔をして立つ男がいる。
(親父、…あんたは確かに「自由」に生きたんだな)
向かってくる風に顔を向けたまま、セティは薄く笑っていた。会ったこともない母、穏やかだった父――二人は死をも恐れずに、立場も、理性も、常識も、なにものにも縛られず、ただ己の求めるまま、望みのままに「自由」に生きたのだ。
赤い髪が煽られて炎のように舞い上がり、体を砂が打ち付ける。恐ろしいまでの暴風も、彼にとっては不思議なほど心地よい感覚に思われた。
ここは赤い土地。
黒い土地の掟も法も届かぬ、もう一つの国だ。
名を消された男はここで堂々と自らの名を名乗って生き、神々に呪われた赤子はここで逞しく成長した。恐れるものなど何もない。この沙漠こそ、彼を育んだ故郷なのだから。
「おい、聞いてるか沙漠の王! 俺の名はセティ、黒い土地を追放され、この沙漠であんたとともに生きる大罪人の息子だ! 俺はこれから、沙漠の道理もわきまえねぇクソどもに、誰がここの王なのか教えてやりに行く。だから俺に、あんたの力を貸せ!」
両手を大きく広げ、風に向かって彼は叫んだ。
「ははははは!」
ごうっ、と大きく唸り声を上げ、嵐が押し寄せてくる。それはまるで、彼と同じように天で笑う、赤い沙漠の王の声のようだった。
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