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「お前には、心底感謝してるんだ。お前が誘ってくれなかったら、まず野球も始めてないしな」
「な、何さ。藪から棒に」
元々、響はクールな性格で、さほど口数が多い方ではない。練習はどんなにきつい内容であってもストイックにこなすが、みんなの先頭に立ってあれこれ指示をするのは苦手らしかった。元々、喋ることそのものがそんなに好きではないという。礼儀正しいが、何を考えているかわからないイケメン君。周りからは、そういう評価を下されがちだ。
そう、そんな響が。みんなの前とは違って、多くのことを語ってくれる相手が大気なのであった。小学一年生の時、みんながクラブに入る中で一人ぽつんと立っていた彼に、せっかくだからと一緒に野球部に入ろうと誘ったのがそもそもの始まりである。うちの小学校では、クラブ活動が非常に盛んだ。小学一年生から大半の子供達が、文系運動系問わずなんらかのクラブに入ることが多いのである(その活動内容や活動頻度は、クラブによってまちまちだが)。男の子としては華奢だが、背が高くて脚が速いのできっと良い走者になるのではないか。最初響にかけられた期待はピッチャーではなく、主にバッターとしての役割であったのである。
それがまさか、投げる方に思いがけない才能を発揮し、六年生になった今では押しも押されぬエースピッチャーになっていようとは。一体誰が、予想していたであろうか。
「それに、お前に感謝しているのは野球のことだけじゃない。……四年生の時に、初めてヒートが来てパニックだった俺を助けてくれたのもお前だった。正直死ぬほど怖かったけど、お前が一緒にいてくれるなら大丈夫だって思ったんだ、俺は」
ヒート期――それは、男女とは別の、もうひとつの性別に起因するものである。
アルファ、オメガ、ベータ――その三種類の性別が、男女の性別とは別に存在するということが発見されたのは、おおよそ百年ほど前のことであるそうだ。ベータ、というのは実際“男女性以外には何も持たない普通の人”というものであり、大気もこれに該当する。問題はアルファ、オメガの二つ。アルファは女性であっても相手を妊娠させる能力を持ち、オメガは男性であっても妊娠できる能力を持つのだそうだ。アルファの人間は“支配者になるべくして生まれた者”と認識している者が多く、実際優秀な能力を持つ者が多いらしい。オメガもそうだが、彼らは一定周期でアルファを性的に誘ってしまう“発情期=ヒート期”があるせいで、アルファの者達からは蔑まれがちであるという。
同時に、アルファとオメガの間に生まれた子供は、高い確率でアルファになるとかで――そういう意味でも、オメガという存在はアルファに狙われることが多く、身の危険に晒されやすいのだそうだ。どういう危険に遭うか、というのは大気も保健体育の授業でやったから多少は想像がついている。幸い自分達の学校の子供達の大半はベータで、治安も悪い地域ではなかったが。ひょっとしたら彼が地元に呼び戻されてしまうのも、そんな彼の“もうひとつの性”が関係しているのかもしれなかった。
響はオメガであるがゆえに、ヒート期のたび苦労していることを大気は知っている。幸い彼が困っている時はなるべく傍にいるようにしていたし、大きなトラブルに見舞われることもなかったようだが。
「……よせやい、水臭いこと言うなってば。お前が倒れると、俺が困るってだけなの、わかる?優秀なバッテリーは、二人いないと成立しないんだからね?」
「そうだな。俺の滅茶苦茶な球を取れるのはお前だけだったな」
「そーでしょーとも。俺の素晴らしい動体視力と面倒見の良さに感謝してほしいね、響クンは!」
「……そうだな」
ぽん、と。大気の膝に、ボールが落とされる。
「キャッチボール、するか。気分を晴らしたい」
響のその物言いに、大気は悟った。彼が本当は地元になど帰りたくないのだということを。本当は一緒に、ずっと野球をやっていたいのだということを。――それでも、やむにやまれずこの土地を離れなければいけないということを。
「あ、あのさ、響!」
だから大気は、ボールとグローブを拾い上げて、尋ねたのである。
「引っ越すって言っても、外国とかじゃないだろ!俺、会いにいくよ。響の地元って、どこなんだ?」
ああ、後になって思うのだ。
果たして響は、どんな気持ちで大気にその名前を告げたのだろうか、と。
「……●●県、神添島……だ。知り合いじゃないと、直通の船は出して貰えない。船長には俺の名前を行って、渡して貰え」
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