10人が本棚に入れています
本棚に追加
***
あの日。
自分が少しでも、何かを感じ取ることができていたのなら。嫌な予感を覚えて、少しでも早く響の元へ向かおうと考えていたなら――こんなことにはならなかったのだろうか。
会いにいくと言いながら、大気がそれを実行できたのは。それから、半年以上も経過した後であったのである。
中学校の野球部の活動は、想像していた以上にハードだった。おまけに、元々頭の良さに自信のない大気である。テストのたびにひーひーと悲鳴を上げ、厳しい部活動と両立するのは並大抵のことではなく。結果、約束を実行できたのは、十月も終わりに差し掛かった時期になってからのことであったのである。
「神添島に、何の用だ?あそこは、親戚家族しか行っちゃいけない村があるとこだ。よそもんが行くようなとこじゃない、帰って来られなくなっても知らんぞ」
直通便の船の船長には、そんな言い方で脅された。少々怯んだものの、半年も会いに行けなかった負い目から大気が響の名前を出せば。船長は、何故だか心底哀れんだような眼で大気を見たのである。
「……御子様の友達か。そりゃあ、難儀なことだったな」
船は出して貰えた。けれど、島で見たことは一切口外しないことだと口が酸っぱくなるほど言いすくめられたのである。そうでなければ“お父上”の天罰が下ることも有り得る、と。
――一体、何なんだ?響達が言う“お父様”っていう存在は。
響は、自分の実の父親以外にも父がいる、と言った。それほどまでに偉大な存在が地元にはいて、その元で小学校を卒業したら働くのが自分達の使命であり約束であると。自分がそこに向かわなければ、別の親戚が働きに出されることになると。
段々と大気は、その“お父様”とやらが――危ない宗教の教祖なのではないか?という考えに至るようになるのである。天罰を食らう、だなんて。友達に会いに行くわけでなかったら、大気も絶対に関わり合いになりたくないと思っていただろう。
予想は。想像していた以上に、最悪の形で的中することになるのである。
小さな島にある、小さな村。船長に連れられて案内されたその場所には、大気と同じ姿の、白い着物姿の少年少女達が、大人に連れられて何人も出歩いていた。彼らは服装以外にも、ある大きな共通点があったのである。
それは、揃いも揃って――腹が膨らんでいたということだ。
「……大気?」
寄合所の、応接室。待たされた大気の元に現れた響も、真っ白な着物を着ていた。
他の子供達同様、お腹を大きく膨らませて。
最初のコメントを投稿しよう!