“父”のいる島

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 *** 「……どういうことなのか、って。訊きたいんだろ」  約半年前に出会った頃と、さほど変わらない見た目の響。まだ十二歳であるはずの彼は、まるで死装束のような着物と、アンバランスなほど膨らんだ腹を抱えて目の前のソファーに座った。あまり体調が良くないのか、心なし顔色も悪い。 「……具合、悪いのか」  ゆえに。混乱に混乱を重ねた大気が最初に言った言葉は、そんな斜め上の内容であったのである。  彼は、地元で仕事をしなければいけないと言っていた。てっきり大気は響が、そのお父様とやらの元で工業やら農業やらに従事しつつ、それでも空き時間で野球を続けているものとばかり思っていたというのに。 「悪阻はもう収まってるんだけどな、安定期だし。ただ、身体が重くてちょっと腰がしんどいだけだ。気にしなくていい」  確かに、響はオメガで、男子であっても子供が産める身体であることは知っている。  それでも、どうしても繋がらない。目の前の響の“少年”の顔と、明らかに妊婦だとわかるその身体が。  安定期、なんて言葉を使われなければ。太ったんじゃないかとか、別の病気じゃないか、なんて現実逃避もできたというのに。 「悪かったな、驚いただろ。そりゃそうだよな、小学校卒業したばっかりの年の友達が、半年後に会ったらこんな有様じゃ」 「そ、そりゃ、だって……」 「回りくどいのは苦手だから、ストレートに言うよ。……これが、俺の仕事なんだ。俺は……この島で生まれた“オメガ”の宿命がこれなんだ。小学校を卒業したら島に戻って、アルファである“お父様”の子供を産み続けないといけない。それが、俺達の仕事なんだよ」 「――!」  想像していた以上に、頭のネジが外れた内容だった。思わず金魚のようにパクパクと口を開いてしまう。きっと響も、そんな反応は予想していたのだろう。困ったように頭を掻いて、そうだよな、と話を続ける。 「野球を続けたかったんだけど、残念ながらこんな身体じゃな。妊娠するまでは自由にしてて良かったんだけど、俺はお父様と相性が良かったのか、ほとんど帰ってすぐ孕んじまったみたいで。おかげで既に、この調子だ。もう六ヶ月過ぎてる。重くてたまんねーよ」 「……何言ってるのか、全然わかんないんだけど。響、だって、まだ、十二歳、じゃ」 「その年からじゃないと駄目なんだよ。近親婚を繰り返したせいで、俺達は寿命が普通の人より短い。だから、できる限り早く島に帰って、死ぬまでひとりでも多くのお父様の子供を産み続けないといけないんだ。毎年のように妊娠出産を繰り返すことになるから、この島に帰ってきたオメガはさらに寿命が短くなる。とりあえず、速攻で一人目を妊娠できた俺は運がいい。一人も産めないでオメガが死ぬと、その家の家族も冷遇されて最悪村八分みたいなことになるから……」 「そうじゃない!そうじゃないって、響!」  思わず。響の肩を掴んで、大気は叫んでいた。おぞましすぎる内容を、どうしてそうも淡々と話せるのか。  つまり、あれだ。響は、村の有力者の嫁になるために無理やり連れ戻されたわけで。しかも嫁といっても、その仕事はひたすら子供を産むことなわけで。まだ十二歳の響がそんなことを繰り返したら、命をがりがりと削っていくのは明白なわけで。  当然、野球どころか、普通の人としての人生を謳歌することさえ難しくなるわけで――。
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