“父”のいる島

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“父”のいる島

 大気(たいき)の親友である(ひびき)が引越しをすると聞かされたのは、小学校の卒業式を間近に控えた春の日のことである。  野球クラブのキャッチャーとピッチャー。名バッテリーとしても有名だった二人の野球が見られなくなると、友人達からも大人達からも随分と惜しまれたものだった。というのも、自分達の小学校の友人達は、大半が私立を受験せず、そのまま近隣の中学に上がる者ばかりであったためである。のんびりした田舎町の、のんびりした学校。ある意味、クラスメート達は仲間というより、家族に近い存在だったと言っても過言ではない。 「お前も三中に行くとばっかり思ってたよ、俺」  クラブがない日でも、二人は時間があれば毎日のようにキャッチボールに勤しんでいた。大気自身は、自分にさほどキャッチャーとしての才能があるとは思っていなかったが――とにかく、響が凄かったのである。小学生にも関わらず、カーブやらシュートやらと多彩な変化球を見事に操ってみせるのだ。球速こそ大したものではないが、それを補って余りあるほどの技の豊富さ、コントロールの良さ。大気は響なら、いつかプロにも通用する選手になるのではないかと本気で考えていたほどなのである。  少なくとも、中学までは一緒に野球ができるとばかり信じていた。二人のバッテリーならば、中学の猛者を相手にしてもなんら問題なく戦っていけるとばかり思っていたというのに――まさかの、卒業間近の引越し宣言である。大気がしょぼくれるのも、無理からぬことであっただろう。 「悪かったな。本当はずっと前から決まっててさ。言おう言おうと思って、タイミング逃してたんだ」  いつもふたりでキャッチボールをする河川敷。左手でボールをぽんぽんと弄びながら、響は告げた。 「俺の親の地元……そこのしきたりみたいなもんでさ。小学校を卒業したら、かならず地元に戻るんだって約束になってたんだよ。そこに“お父様”がいるからな」 「おとうさま?お前の親父さん、証券マンじゃなかったっけ」 「俺には“父”と呼ぶべき人間が二人いるんだ。というか、俺達の一族にとっては、実際に自分の親となる“父親”以外にもう一人、絶対的な“お父様”がいるんだよ。小学校を卒業したら、そのお父様のところに行って働かないといけない。最初からな、そういう約束だったんだ」 「そういう約束って……」  大気は繭を顰める。働く、というのもよくわからないが。何故幼い頃から、勝手に親の都合で進路を決められなければいけないのかわからない、と感じたのが大きい。父、と故郷の人が呼ぶほど凄い賢人がいるというのはまだわからないでもないが。そこまで偉い人が、なんで響の人生を勝手に決めないといけないのだろう。 「響、お前……野球はどうするのさ。やめちゃうのか?」  どうしても納得がいかない。響ほどの才能が、こんな早いうちに芽を摘まれてしまうだなんて。 「やめないけど、趣味としてやっていくって形になるかな。……仕方ないさ。それが家の、地元のルールだったんだから」 「響の才能を無駄にしてでも、従わないといけない決まりなのかよ、それ」 「残念ながら。俺が逃げると、従姉妹の女の子が代わりに働きに出されることになるんだ。流石にそれは可哀想だ。誰かが必ず“お父様”を守って、やらなくちゃいけない仕事だからな」  なんだか、不穏な気配がする。まるで、その従姉妹の女の子を使って、響が脅されて言うことを聞かされているみたいではないか。  大気は不満を口にしようとして、ずいっと目の前に突き出されたボールに面食らうことになる。ぽかんとしていると、響は“俺さ”と笑って言うのだ。
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