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すると、千秋は横に軽々とジャンプしてヘアピンの煌めきを赤い線に描き、マフラーのフリンジをひらひらと靡かせ、フリル付きのスカートをふわっと広げながら全身を現した。
光はゆくりなく千秋と逢引きのように出会ったことで尋常でなくときめいて来て、時は得難くして失い易し、この機会を逃してなるものか!と奮い立つと、すっくと立ち上がり、千秋に向かって宛らオペラ歌手が手を広げて唄う時みたいな格好をして芝居掛かったこんな台詞を吐いた。
「やあ、驚いたねえ!誰かと思えば、夜空に輝く星々も羨むキラキラした瞳の持ち主、その名も麗しい如月千秋嬢ではないか!」
千秋は名前で呼ばれた事に馴れ馴れしさを微塵も感じず只々悦に入り、「うふふ」と如何にも嬉しそうに笑って、「もう、そんなにも持ち上げちゃって!ちょっと大袈裟すぎないこと!」
「いやー、何たって他ならぬ、ちいちゃんだから!」
千秋は愛称で呼ばれた事で親近感が増して、「ふふふ」と照れ臭そうに笑って、「もう、ひかる君ったら、相変わらず調子いいんだから・・・」
「いやいや、実際、ちいちゃんを措いて僕がべた褒め出来る女の子は居ないじゃないか!僕の言葉にはちゃんと実が有るのに、お調子もんと一緒にするなんて筋違いじゃないのか!僕の正直者の名が廃るってもんだよ。お願いだから僕を裸の王様に平気でおべっかを言える佞臣みたいに言わないでくれないか!それもそうだけど、ちいちゃんも人が悪いなあ、ずっと隠れて僕の事を覗いてるなんて!」
「んーん」と千秋は少女らしく首を振って、「ずっとじゃないの。」
「じゃあ、ちいちゃんも今まで学校で遊んでたのかい?」
「んーん」と千秋は繰り返し少女らしく首を振って、「違うの、今、来たの。」
「えっ、こんな遅くに何しに?」
「明日、体育の授業で鉄棒のテストが有るの。だから逆上がりの練習に来たの。」
「ハハハ!だからって何もこんなに遅くにこっそり来なくたって良いじゃないか!」
「だって昼間だと恥ずかしいんだもん。」
「恥ずかしい?」
「そう、だって私、下手だから昼間だと人が一杯いて恥ずかしいし、集中出来ないの。」
「ああ、そうなのか・・・で、練習しないの?」
「うん、ひかる君が居るから・・・」
夕陽に染まりながらそう言った切り恥じらう千秋を光はつくづく眺め、美しいと思ったが、幾ら老成していても、そこはそれ、子供である、流石に底意を読む事は出来ず、「ああ、そうだったのか。」とがっくり来て、「それで恥ずかしくなって練習しないで其処に隠れてたんだね。」と言うと、「えっ、いえ・・・」と千秋は否定し掛けたものの恥ずかしいには違いないから、「まあ、そうなんだけど・・・」と曖昧になり、「あの、何て言うか、えーと、うーんと、まあ、そうなの。」と半ば、しどろもどろになりながら照れてしまって本音を言えず、言葉尻で恥じらって愛らしく、ぺろっと舌を出した。
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