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すると光ががっくりした儘、「そっか、じゃあ、練習の邪魔しちゃあ悪いから僕、帰るよ。」と言って立ち上がったものだから千秋は俄かに表情を崩して何とも名状し難い困った様な泣いている様な顔になるや、光に向けて忙しなく両手を振り出して、「ああ!違うの!違うの!好いの!好いの!その儘、そこに居てよ!」と言いながら慌てて光の方へ駆け寄って行き、光の前まで来ると、その途端、満面笑顔になって、「ひかる君、座って!私も座るから。」と息を弾ませて言った。
光は意外な展開に須臾の間、ぼんやりするも直ぐに嬉しくなり、「ああ、願ったり敵ったり。」と呟いてブランコに腰を下ろした。
千秋はほっとして光の左隣のブランコにちょこんと腰掛け、ふうと息を吐き、光に微笑み掛けて言った。
「ひかる君こそ、こんな時間に何で居るの?もう夕食時じゃないの?」
「いや、夕食にはまだ早いよ。」
光はぽつりと呟くと、千秋から顔を逸らし夕陽を見つめ出した。
「そうね。まだ早いわ。」
千秋もぽつりと呟くと、美しい夕焼け色に包まれた儘、好いムードになりそうと胸がときめいて来て、わくわく浮き浮きする。
光は夕陽を見つめつつ時折、千秋が送って来る秋波を感じ取り、美少女好きの面目躍如として千秋と一緒に浮き浮きして来て遂に千秋の底意を読み取った。故に歓喜と感動の余り身が震え出した光は、こういう時に限って天邪鬼的性癖を発揮する質なので千秋を冷やかしたくなって呼び掛けた。
「あのさあ、ちいちゃん。」
千秋は待ってましたとばかりに破顔一笑して、「なあに?」
「『夕焼けに鎌を研げ』って諺、知ってるかい?」
千秋は丸っきり期待外れの言葉に、「何、急に、お勉強のお話なんかしちゃって。」と不満げに言う。
「いや、そういう積もりで言ったんじゃないよ。夕陽を見てたら思いついたんで聞いてみたんだ。」
「あら、そう、私は知らないわ。」と千秋は然も素っ気なく言う。
「そうか、今日みたいなねえ、夕焼けの綺麗な日の翌日は晴れるから農作業に備えて鎌を研いでおけって意味なんだ。」
「ふーん。」と千秋は見るからに興味なさそうに言う。
「だからさあ」と光は言うと、千秋と顔を合わせ、「今のちいちゃんに言うなら、『夕焼けに鉄棒技を磨け』って言い換えれば良い訳だよ。」と言って得意顔になる。
「成程ね、でも、私は磨かないわよ。」と千秋はきっぱり言う。
「えっ?何で?」と光は態と恍ける。
「何でって、もう・・・」と千秋は思い通りに行かない展開にもどかしさの余り苛々すると、光がここぞとばかり、「へへへ、そっか・・・」と目を合わせた儘、見透かした様に呟いたので顔から火が出る思いがして顔一面に紅葉を散らし、夕陽に照らされて分からないのに恥ずかしそうに紅潮した顔を両手で覆って俯かせた。
光はそんな千秋に花の蕾の様な可憐さを感じると、太陽の偉大さを限りなく感じて再び夕陽に顔を向けた。
千秋は花のうてなの様になっていた両手の指を少しずらして光を流し眼で見ると、光が夕陽を見つめているのに気づいて自ずと両手を下ろし、開花して夕焼け色に染まった花の様な顔を光の横顔に向けた途端、胸を頗るときめかせ、その夕陽を浴びてキラキラと輝く横顔にうっとりしながら見入る内、光の視線の先が見たくなって光と共に夕陽を見つめ出した。
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