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「ダメ出しは、君を責める言葉ではない。君に期待しているからこそ敢えて言うんだ。『ユウ』の時も言葉は厳しかったけど、もっとよくなると思ったから言った。それはわかるよね?」
「……はい」
美優が返事をすると支倉音響監督はふと口角を上げた。
「はいはい、じゃぁそんな顔しない。リテイクお願いします。臨場感出るように相槌打つから、続けて。んで上手く言ったら止めずに何か言うから、アドリブで返して」
支倉音響監督が矢継ぎ早に告げたのは、もうすぐレッスンの時間が終わる午後五時に差し迫っていたから。
美優も「はい」と返事をし、すぐさまその場に膝をついた。
「用意……」
支倉音響監督の声の後すぐ手が打たれ、美優は荒々しく息を吸った。
旦那さまがどんな人なのか、どんな顔なのか、どんな表情で自分を見下ろしているかなんて、この際どうでもいい。
市民を救うため、一刻も早く訴えなければ。
顔を上げる暇もなく、訴えなければ。
一刻も早く先生を殺して欲しくて駆け込んだこの屋敷で旦那さまが椅子に座るまで待てと言われ、やっとこの時が来たのだ。
「申し上げます! 申し上げます。旦那さま。あの人は、酷い。酷い!!」
極力声を低く保ち、叫んだ声は屋敷中に響く。すると、旦那さまは地声をもっともっと低く保ち、声をかけてくる。
「酷い……厭な奴なのか?」
「はい。厭な奴です。悪い人です! ああ。我慢ならない……生かして置けないっ!!」
強い怒りを乗せて床に拳を叩きつけると、すかさず旦那さまがわたしを食ったりとした口調で嗜めた。
「落ち着いて申せ」
「は……はい、はい。落ちついて申し上げます」
秘書はこの時初めて頭を上げた。
旦那さまは柔らかな癖毛に気だるそうな表情。だけど目線は鋭く自分に降り注ぐ。
自分を値踏みするような視線に、胸がざわりとしたけど、ここで言葉を止めてはわたしの企みは達成されない。
「あの人を、生かして置いてはなりません。世の中の仇です!」
臆することなく訴える。
「仇……、それは真か?」
「はい、何もかも、すっかり、全部、申し上げます。私は、あの人の居所を知っています。すぐに御案内申します。ずたずたに切りさいなんで、殺して下さい!」
身振り手振りを加え、最後には叫ぶように言い切った秘書は、大きく呼吸をして息を整える。そして、目線を落として旦那さまの答えを待った。
時間にして三十秒も立たないうちに旦那さまが言葉を発したが、もっともっと長い時間が経っているように感じた。
がしかし、そんなことよりも耳に届く言葉に、自分の耳を疑った。
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