10:……のち、嵐

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10:……のち、嵐

 美優の『駆け込み訴え』発表を以て音響監督レッスンが終わり、酒井講師と支倉音響監督が使用していた会議机とパイプ椅子は部屋の片隅に片付けられた。代わりに引っ張ってこられたのはまっさらなホワイトボード。  支倉音響監督はレッスン生をホワイトボードの前に座らせると、ペン受けから青と黒のマーカーを手に持った。 「皆さんお疲れ様でした。他社養成所の講師は初めてでしたが、今まで出会ったことのないタイプの声優のたまごさんの演技をたくさん見ることができて有意義な時間になりました。やはり『個性とバラエティの東京ボイスアクターズ』の謳い文句に相応しい、そんな才能に触れることができたことを嬉しく思います」  支倉音響監督はそう挨拶をし、続ける。 「先ほど『個性とバラエティの東京ボイスアクターズ』と言いましたが、我が事務所は『実力と実績のオフィス五十嵐』、そしてエスさんは『堅実性と信頼のエス・プロデュース』と呼ばれています。そして、東京ボイスアクターズスクールでは多分こういうことはしていないと思うんですけど……」  そう言うと、さらにペン受けから赤のマーカーを拾い上げ、ホワイトボードの上から等間隔でSとAのアルファベットを記し、その隣にMVPと記していく。  何が始まるのだろう。  美優がホワイトボードに目を向けると、支倉音響監督が振り返った。 「某歌劇団の生徒募集のポスターには成績によるポジションがあります。そして声優も、好きな声優やら声が可愛いやら、演技力が高いやら歌が上手いやら、何かとランキング付けされる職業です。我が五十嵐塾では、二ヶ月毎にレッスン生にランクがついて、本人や周りに掲示にて知らされます」  支倉音響監督はそう告げると、ホワイトボードの傍に立つ酒井講師に青色のホワイトボードマーカーを手渡し、こう続けた。 「自分の今のポジションが如実に現れることから、発表当日は殺伐とします。だけどそれをまっすぐ客観的に受け止め、次に繋げていける人材こそ、伸びる表現者であると僕は考えます」  支倉音響監督が言い終わると酒井講師がホワイトボードに進み出て、上から文字を記していく。   「酒井講師には、レッスン開始時から今日までのランクを、僕は今日だけみたランクをつけます。ただし、B以下は記載なしとさせていただいてます」  そう説明すると支倉音響監督も、ホワイトボードに向き直った。  確かにこのクラス限定で言えば課題の一番最後にMVPを発表するが、それ以下は知らされることがない。  皆、緊張の面持ちで酒井講師と支倉音響監督がつけていくランニングに注目していたが、ついに両者がホワイトボードから離れた。  そこに記載されたランキングに、皆それぞれ何を思ったのだろうか。  MVPは酒井講師も支倉音響監督も、同じレッスン生の名を書いた。  北原さより。  さよりの名前はSランクの一番上にも記入されていて、その実力が抜きん出ていることがわかる。  が、美優はホワイトボードに書かれているランキングに息を呑んだ。
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