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春先に来ていたパーカーやTシャツ、ジーンズやチノパンはもちろん、スーツやスラックスも何着か見て取れる。
中には、この前に学校で見た雑誌に掲載されていた綿のジャケットもある。
「……森永さんって、意外と衣装持ちなんですね」
驚きながら呟くと、森永さんは服を探りながら言う。
「ほぼぼほ頂き物ですけどね」
「そうなんですか?」
「俺らみたいな若手声優って、よっぽどでなければ雑誌の取材や宣材写真の衣装って、自前なんですよ。その上、服を買う資金もないので、先輩が服もくれることも多いです」
と森永さんは「ここら辺のカジュアル系は、ほぼ小倉さん。こっちの落ち着いた感じは田神さんからで、このスーツは星野さん」と、クローゼットの中のワードローブを見せてくれる。
「結構くれるんですよ。特に小倉さんとはファッションの系統が似てるのか、よく下がってきますね」
森永さんはそう言いながら、まずジーンズとトップスを一枚づつ選んで自分の小脇に置くと、また中を探り始める。
適当に選んでと言われたものの、この中から服を借りるとなると、必然的にカジュアルなTシャツや前開きシャツ、ボトムはチノパンやジーンズ等になるだろう。
だけど、男物の服はあまり……いや、多分着たことがない。
「……あの、森永さんが見繕ってくださったら、嬉しいんですけど……」
自信なさげに伺うとと、森永さんは服を探りながら答えてくれる。
「……じゃぁ、女性が着ても可愛いくて、オーバーサイズでもだらしなくない感じにしましょうか」
と森永さんが持ってきてくれたのは、かわいいウサギのキャラクターが描かれたブラックのTシャツと、少しデザインが凝ってるパッチワークデニム。
「この季節にジーンズとか暑くて申し訳ないんですけど、ハーフパンツ類をあまり持ってないのと、……怪我のこともありますから……」
と声のトーンを抑えたところに、ガーゼや絆創膏だらけの脚を見せることがないようにと言う森永さんの優しさも滲む。
美優はTシャツとジーンズを受け取ると、気持ちぎゅっと胸に寄せた。
「ありがとうございます。洗ってお返しします」
そう言うと森永さんは「いや」と続ける。
「こんなにいっぱいあるので、もらってくださっても問題ないんですけど……」
声優業界のお下がりをまさか養成所生のうちから経験できるなんて。
そんな気持ちもだけど、森永さんから洋服をもらえることが嬉しくて。
「……いただいちゃいますよ? ほんとの本当に、いただいちゃいますよ? あとで『やっぱり気に入ってたから返して』なんて言わないでくださいね」
抱いた洋服をさらに胸に寄せて口を尖らせると、森永さんは自分が着る分の洋服を抱えて立ち上がった。
そしてふふと笑ってくれる。
「どうぞ。――っていうか、いつもの藍沢さんに戻りましたね」
素直でまっすぐな優しい声にその笑顔は、反則だ。
脱衣所に着替えに向かう森永さんを目で追い、美優もこの間に着替えることにした。
自分の家の洗濯物とは違う香りと、オーバーサイズの普段は着ない服に少しソワソワとしてしまうけど、森永さんが着替えを終える前に自分も身支度を済ませてしまわなければ。
ベッドの腰を下ろしながらジーンズに脚を通し、Tシャツに袖を通した。
あとは、乾いたトートバッグに荷物をまとめるだけだけど。
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