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そういえばサンダルはバンドが切れてしまっていたんだっけ。
どのみち、この腫れた足ではサンダルも履けないだろう。
だけど、状況は見ておいた方が良いかなと、痛む脚を持ち上げながら玄関まで進み行くと、見えてきたのは、やはりバンドが切れたサンダル。
これは穿いて帰れそうもないと小さく息をつくと脱衣所の扉が開き、身支度を済ませた森永さんとばったり目が合ってしまった。
「だ、ダメでしょ座ってなきゃ! そこの椅子に座って!」
慌てた森永さんに叱られて、咄嗟に「ごめんなさい!」と謝って近くにあった椅子に腰を下ろすけど。
美優の目線の先を辿った森永さんも、美優の懸念材料を確認した。
「これで履いて帰ったら余計危ないですよね」
と、顎に手を当て小首を傾げて続ける。
「代わりに仕事用の靴で……って思ったんですけど、捻挫した足にはきついですいよね」
仕事用の靴といえば、黒のパンプスで。
ぴったり目を用意したので、到底この腫れ上がった足が入るとは思えない。
「ですね……」
さてどうしようと呟くと、森永さんはおもむろにシューズボックスの扉を開けた。
「なので、靴もお貸しします」
と、取り出したのは、黒のハイカットスニーカー。
美優はそのスニーカーに見覚えがあった。
「それ! 『ツギクル声優図鑑』の時に履いてたやつですよね!?」
「そうですけど、よく見てますね」
その観察眼にびっくりですよと戯ける森永さんだけど、これは更なる懸念材料だ。
このスニーカーを借りたら、森永さんのオタクにやられないか?
いや、そもそも。
個人レッスンを受けたり、同じバイト先で働いたり、ましてや今日も送ってもらうなんて、いよいよ刺されないか?
それを想像してさぁっと顔を青ざめさせる美優をよそに、森永さんは平然とその靴を玄関の土間に置いた。
「この靴はあの撮影の時にしか履いてないので」
「じゃなくて!」
全くわかってない。
美優は語気を強める。
「特定されません? 匂わせっぽくならないですか!?」
美優の素っ頓狂な発言に一瞬だけ森永さんはきょとんとして見せ、ぷっと吹き出してしまう。
「っははは」
「わ、笑い事じゃないですっ。本当に心配してるんですよ!?」
眉尻を下げながら美優が頬を膨らませると、森永さんはまだお腹を抱えながら笑っていて。
「匂わせって……あの記事モノクロで、足元なんてほんのちょっとしか見えてなかったですよ。それで特定とか、誰ができるんですか?」
「も、森永さんのファンなら、わかりますよっ」
「それは、藍沢さんだからでしょ?」
急に名指しされて、うぐっと押し黙ってしまった。
そんな美優を尻目に森永さんは続ける。
「それに、俺、声優になって今の今まで一度も街で声かけられたことないですよ」
論破されてぐうの音も出ずに、過剰だったかなと顔を赤くする美優。
一方、森永さんはまた少しだけ自虐的に微笑んで、シューズボックスの上に置いてあった新品の靴下を美優に手渡した。
「靴はあの時しか履いてないので、遠慮なく使ってください」
「……ありがとうございます……」
お礼を言いながら、美優は胸がちくんといたんだ。
彼はよく、自虐的に笑うことがある。
なぜそう言う笑い方をするのか、美優にはよくわからなかった。
けど。
もっと楽しそうに笑ってほしいと思う。
その時だった。
ダイニングテーブルに置いていた森永さんのスマートフォンに、メッセージアプリからの通知が届く音がした。
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