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森永さんはスマートフォンを手にとると、数回の操作ののちにメッセージを確認してスマートフォンをジーンズのポケットに突っ込んで、玄関の土間に置いてあったサンダルをつっかける。
「凛子さんに呼び出されてしまいましたので、ちょっと最上階まで行ってきますね」
「はい」
返事をすると、森永さんはくるっとこちらを振り向いて告げる。
「無理しない範囲で、適当にくつろいでてください」
それは先ほど、勝手に歩き回っていた美優への釘なのだろう。
「……はい」
申し訳なさげに上目遣いで返事をした美優にふっと笑って、森永さんは部屋を出て行った。
適当にくつろげとは言われたものの、美優には少し気になる場所があった。
それは、キッチン奥の部屋に鎮座する本棚。
昨日ちらと見えてしまったのだが。
もしかしたら、あの本棚の一角に仕舞われているあの空色の台本は……。
美優は椅子からそっと立ち上がると、ひょこひょこ脚を引きずったり上げたりしながら本棚の前までたどり着いた。
本棚には、漫画や小説をはじめ、雑学の本が入ったスペースや、『ZERO PLUS』で森永さんが演じたジンのアクリルスタンドや、カプセルトイのキーホルダーのでディスプレイ。また別の棚には、森永さんは今まで出演してきた作品の円盤や、別の場所には救急箱が仕舞われている。
その中でも一際カラフルな棚が、この台本しまわれている棚だ。
あの空色の、自分の名前が書かれた台本が、大事にしまわれているのを確認できるだけでいい。
左手の人差し指を台本の背表紙の頭に引っ掛けて、ぐっと前へと傾けた。すると、自分が書いた『藍沢美優』の記名がチラと見えた。
サインなんてかっこいいものではない。
学用品に自分の名前を書くような、少し新しい扉の前に立った時のような感覚で書いた。
だから、自分のものがここにあることが少し、不思議で、嬉しくて、微かに恥ずかしい。
もう少しだけ引き出そうとした時だった。
同じ棚に入っていた薄いプラスティックケースが、何らかの拍子で滑り落ちた。
「あ、」
カシャンと音を立ててフローリングに落ちたケース。
中には真っ白なDVDが入っている。
美優は足の痛みに耐えながらしゃがみこんでケースを拾い上げて、眉根に皺を寄せた。
ケースに一本大きなヒビが入ってしまっていたからだ。
「……やっちゃった……」
謝らないと。と思いながらやっとの思いで立ち上がり、中のDVDの記録面に傷が入っていないか裏返してみた。
ディスク自体はケースにしっかりと収まっており、光にかざしてみたところ大きな傷は確認できなかった。
だけど、やけに。内側に記録でできた細かな溝の範囲が少ない。
不思議に思った美優はケースを返した。
その盤面には、森永さんの字でこう記されていた。
魔法少女キラキラキララ
この作品は四年ほど前に本放送された女児向けのテレビアニメ。
それだけじゃない。
あの日の放送は再放送だったけど、美優の心を救った『しろねこさん』が出ていたアニメだ。
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