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16:揺れる心と揺れる列車と
あのあと結局、美優からは森永さんに『しろねこさん』の話を切り出すことはなかった。
本当に森永さんは『しろねこさん』と関係がないのかもしれない。
だからあえてその話題に入ってこないのかもしれないし、また別の可能性として、『魔法少女キラキラキララ』の話題は森永さんの中では痛い思い出なのかもしれない。
日曜日の電車は混んでいて座ることができなかった。
ゆらゆら揺れる車内で美優は時折よろけてしまうが、メッシュキャップを目深に被った森永さんがそっと美優の体を寄せる。
「大丈夫ですか? 座れればよかったんですけど……」
そう呟きながら座席の方を見やった森永さん。
彼の力強い腕が背中を支えていると思うだけで、嬉しいと思う反面少し怖いとも思う。
「……誰かに見られたら、どうするんですか……」
大丈夫ですか? の問いかけを無視して囁くと、森永さんは美優をじっとりと見下ろした。
「そのための帽子も被ってるでしょ? 少しは俺を信頼してください」
別に信頼していないわけじゃなく、単に、売れ始めた芸能人の森永さんと女子高生のあたしが一緒にいるところ、ましてや、電車で密着しているところを誰かに見られたら良くないと思って言ったのに。
美優はしゅんと俯いて、しばらく森永さんのTシャツのお腹のあたりにずっと目を落としていた。
元はと言えば。
あたしが、森永さんの家の棚からDVDのケースを落としてしまって。
もしかして、森永さんは『しろねこさん』のことを知っているのかもって思って話を切り出したあたりから、彼の様子が少しおかしくなって、あたしの心がザワザワしてるんだ。
「森永さん」
俯きながら呼ぶと、頭上から「はい」と声が聞こえてきた。
「……さっきの話、忘れてください」
「え」
「……なんか、森永さんにとっては触れてほしくないことなんだろうなぁって思って。……だから、忘れてください」
忘れてくれれば、また、DVDを落とす前のあたしたちに戻れる。
そう思って言った言葉だったのに。
森永さんは美優の背中に回す手にグッと力を込めると、美優を自分の胸に寄せた。
「キミにとって大事な話を『忘れてください』って言われて『はいそうですか』って簡単に忘れられるほど、単純じゃないんですけど……」
耳元で囁かれた少しため息混じりの声に顔をあげようと思っても、混雑する車内で身動きが取れない。
見えるのは森永さんの首筋だけ。
森永さんがどんな表情をしているのか窺い知れなくて、横を向くと、耳もとに息がかかる。
「……不安にさせてしまって、ごめんなさい」
囁かれるのは、先ほどのため息まじりの呆れ声ではなく、優しい声。
「……あのDVDのことは、今の俺の口からはなんとも言いにくいんです。それに、あのスタジオ見学でのやり取りから、藍沢さんが俺に対して我慢しなくなってくれて嬉しいんですよ。……だから、こんな俺の気持ちひとつでキミに遠慮してほしくないんです。……ちゃんと整理つけますから、それまで待っててくれますか?」
電車の揺れと走行音と周囲のざわめきの中、耳元に触れる声が息がくすぐったくて。
美優が頷くと、森永さんは一層甘い声で「ありがとうございます」って囁くから。
森永さんもあたしのことをバディ以上の存在に思ってるって、勘違いしそうになる。
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