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北千住駅を過ぎた電車はさっきよりも空いてきていて、美優は森永さんに支えられながら座席に座ることができた。
森永さんも隣に腰を落ち着けると、ここまでくれば安全とばかりにメッシュキャップを脱いで手櫛で前髪をほぐした。
そして、また、帽子を目深に被り直す。
童顔だからか。
キャップがよく似合っている気がする。
「……森永さん、帽子、似合いますよね?」
声をかけると、「え」と視線がこちらを向いた。
意外な言葉だったのだろうか。
だけど森永さんは目を細めてふと微笑む。
「藍沢さんも帽子、似合いそうですけど。っていうか普段の格好も可愛いですが、今の格好もすごく可愛いと思いますよ」
これには美優もキュンと心臓を掴まれてしまう。
「……こういうところでサラッとそういうこと言うの、反則だと思います」
顔を赤らめて口を尖らせれば、森永さんの頬も赤くなる。
「……はぁ? そっちが先に似合うとか言ってきたんじゃないですか……」
確かに、あたしから似合うとは言ったけど、可愛いって褒めを積んだのは森永さんだ。
電車は鉄橋に差し掛かり、ガタンガタンと大きな唸りを上げて進んでいく。
徐々に千葉に近づく中で、また来週の土曜日も近づいている。
多分、レッスンでも新しいことをやるだろうけど、一番不安なのは、明確な悪意をぶつけられることだ。
昨日、あれだけ慰めてもらったのに、やっぱり不安になってしまう。
もっともっと明確な指標が欲しい。
「あたし、土曜にどんな顔してレッスン室に行けばいいのかわからないんです」
線路の音が穏やかになった頃を見計らってつぶやいた言葉は、彼の鼓膜を揺るがしたようで。
レスポンスは違和感のないタイミングで帰ってきた。
「普段通りでいいと思いますよ」
「普段通りですか?」
普通のトーンでさらりと帰ってきた返事を、美優は思わず反復してしまった。
森永さんは一つ頷いて続ける。
「そう、普段通りレッスン室に一番乗りして、レッスン室を軽く掃除して発生練習やストレッチをして、レッスン室をホームにし続けていれば、相手は自ずと藍沢さんのホームにやってくることになりますから」
その言葉。
全く同じ流れで聞いたことがある。
森永さんの言葉を聞いて、美優は思わず目を見開いて彼を凝視する。
それは二年前の今頃、養成所の先輩から掛けてもらった言葉と全く一緒だ。
どうして森永さんが、そのルーティーンを知っているの?
美優は思わず森永さんの腕を掴んでしまった。
対する森永さんも、美優の反応に気づいてしまったのか。「あ」と指先を手に当て美優を見ている。
この仕草で確信がついてしまった。
だって、もし仮に心当たりがないなら、こんな「言っちゃった」みたいなアクションは起こさない。
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