16:揺れる心と揺れる列車と

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「……森永さん。それ、二年前にジュニアコースのあたしに言いましたよね……!」   美優が少し興奮気味に、だけど声を顰めて打ち明けると、森永さんはバツが悪そうに美優の反対側に目線を送る。  やっぱり森永さんは、あの時のお兄さんだったんだ。 「……なんで今まで黙ってたんですか……!」  詰めると森永さんは、バツが悪そうに少し赤らめた顔をこちらに向けた。  だが、目線は美優の膝だ。   「……まさかあんな一瞬の出来事を覚えているなんて、思っていなかったから……」  確かに『レッスン室をホームにすること』を実践して、それが当たり前になった頃。美優は先輩のお兄さんのこともあまり思い出さなくなっていたことは確かだ。  だけど、この季節の雨が降ればふと思い出していた、美優にとって大切な人だ。 「レッスン初日に分かってたってことですか?」 「……二年前と雰囲気は全く変わっていて、最初のうちは確信は持てなかったですけど……徐々にあの時の子だって確信はつきました。ただ……」 「ただ?」 「……養成所生に間違えられて、傷ついたっていう方が先行しました」 「ぐっ……それは本当に悪かったって思ってます……!」  自分のうっかりが、何周にも渡り森永さんを頑なにしてしまったのだ。  未だバツが悪そうに美優の膝に目を落とす森永さんは、掴まれた手を振り解かない。  あのお兄さんの優しさは、ずっと森永さんの中にあったことが嬉しかった。   「あたし、お兄さんのおかげで、ジュニアコースではたくさん友達ができたんですよ。自分のこと解ってもらう努力もできたし、相手のことも解ろうって思えるようになったし、レッスンも楽しく受けることができたし、おかげでっていうのも変ですけど、本科に飛び級もできた」  言葉を紡ぐうちに、森永さんは顔を上げてくれたので、美優はさらに続ける。 「『しろねこさん』があたしに生きる力と夢をくれた人だったら、お兄さんがあたしを本科に導いてくれた人です。そして今、あのお兄さんがあたしと一緒に夢を叶えようとしてくれてるなんて、すごい偶然ですよね」  もう導かれてるとしか言いようがない。   「これはちゃんと夢を叶えなきゃ。です。森永さん、ありがとうございます」  あとは森永さんが『しろねこさん』だったらいいのに。  だけど、その確率はゼロに近い。  けど、ここまできたら願わずにはいられない。  森永さんは少しだけ照れたように、帽子をさらに目深に被る。   「いえ。あの時の子とまた関わることができて、縁ってあるんだなって思いますよ、俺も」  そう言って森永さんは、何か思うところがあるのだろうか。少しだけ目の前の車窓に目線を送って、口を開いた。 「で、本題に戻りますが。次の土曜のレッスンでどんな顔すればいいのかとのことでしたけど」 「はい」 「いつも通りの藍沢さんでいることが一番だと思います。そこからの対処は、ひとそれぞれでしょうね」
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