〔伍〕

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〔伍〕

 サキの話は本当だった。  海辺の市場から戻ったトウヤは、使える金と手段を全て使い、売人の元締めに会って話を聞いてきたのだ。  相応の金を払うと言っても口渋り語りたがらなかった元締めの口を開かせたのは、トウヤが身分上位者と薬の取引がある事を匂わせたからだ。その身分上位者の娘は胸の病で、トウヤの処方する薬に絶対の信頼を置いている。元締めを脅すに都合の良い存在で助かった。  サキに、謝らなくてはならない。  里の料理屋で酒の杯を傾けながらトウヤは肩を落とす。真実を知らなかったとは言え、酷な事を言ってしまった。  あまりにも残酷で悲惨な真実を知ったいまなら、サキの願いにも共感できる。だが、それは簡単に叶えられるものでは無かった。  杯を重ね、酔いが回るにつれてサキの姿が頭に浮かんだ。  惨鬼の雌体は青い肌に白髪だ。サキの薄桃色の髪は、染料で染めているのだろうか? 紅花か? それとも松の実か?   いつも緑色の着物を着ているのは、緑が好きだからだろうか? たいてい花柄だが、一度だけ毬の図柄を着てきた事があった。あの時、毬の柄はどうかと聞かれたが、似合うと言ってあげたら良かった。  露草色の肌はすべらかで、正直言えば誘惑されて自制するのはかなり苦労していた。  なにより、笑った顔が可愛い。少女のようでいて、ときに艶っぽく……。  サキを助けてやりたい。そう思った。  もしや自分なら、サキの願いを叶えられるのでは無いか? 「おや、先生? こんなところで会えるとは、今夜はツイてるねぇ!」  声がした方にトウヤが顔を向けると、暖簾をくぐって入ってきたのはアグリだった。 「わたしはツイていませんね。あなたの顔など、見たくもないですから」 「まぁ、そう言いなさんな。昼間の詫びに一杯奢らせて下さいよ。ちょうど、たっぷり元手が出来たところでしてね」 「あなたの金で飲みたくなどありません。失礼する」 「堅物先生は、つれないねぇ。ところで、この金をオレがどうやって手に入れたか興味はないですかい?」 「……?」  顔を歪ませアグリは、下卑た笑いを浮かべた。 「上玉のメスを売ったのさ! 惨鬼の雌体、ほどよく肉の乗った小娘をね!」 「なん、だとっ!」  アグリの言う小娘が、サキであろう事は間違いない。  トウヤはアグリの胸ぐらを掴み、締め上げた。 「げぇっ、ぐふっ! オレを締めるより先に、船着き場に行った方が良いんじゃねぇか? がっげふっ……間に合うかどうか、知らねぇけどなぁ!」  勢いよくアグリを投げ飛ばし、トウヤは近くの席にいた剣客らしき男に財布を押しつけた。 「頼む! その太刀を売って欲しい。金が足らなくば、里の外れの薬屋まで来てくれ。必ず、足らない分を返す」  目刺しの炙りを肴に酒を飲みながら、アグリとトウヤの争いを黙ってみていた髭面の武人は胡散臭そうにトウヤを眺めた。 「金さえ出せば、武人が魂である太刀を易々と売ると思うのか? 訳を言え、事によっては貴様を無礼打ちにしてくれる」  トウヤは逡巡の後、意を決すると武人の前で膝を突き頭を下げる。 「惚れた女を助けに行かねばならん!」  事情を知った上で覚悟に感じ入ったのか、武人は破顔しトウヤに太刀を押しつけた。 「話はわかった。金はいらん持っていけ!」 「かたじけない!」  両手で太刀を受け取り恭しく頭を下げてからトウヤは、月の無い夜に飛び出した。
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