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20.その執着が向かう先の気の毒な貴女へ①
帝都の中心部にある闘技場では、毎月第六部隊まである騎士団が二部隊ごとの対抗試合や、魔術師団の強化試合が行われており試合が行われる日は観覧席は市民達で満員状態にはなっていた。
市民に解放された闘技場だが、今日ばかりは厳しい警備兵に周囲を囲まれ静まり返っていた。
観覧席に座るのは市民では無く皇帝に使える騎士達。彼等は皆真剣な表情で闘技場の中央にいる二人の人物を固唾を飲んで見守る。
騎士達の視線の先に立つのは、黒い軍服に紅のマントを纏った竜帝ベルンハルト。
強張った表情でベルンハルトと対峙するのは、騎士服を着た淡い茶髪を短髪に刈り込んだ屈強な騎士だった。
「第三騎士団長アクバール。貴様は我が兄の帝位簒奪計画に協力したとはいえ、今までの帝国のために尽力を尽くしてきたと聞いている。その功労に免じて俺自ら処刑を執り行う」
見るものを畏怖させる冷笑を浮かべたベルンハルトは、腰に挿した剣の柄へ触れる。
「万が一、俺に掠り傷でも与えられたら恩赦を与えてやろう」
冷静な声色ながら、ベルンハルトの蒼色の瞳に混じった苛立ちと殺意を感じったアクバールは、脂汗を流して半歩後ろへ下がる。
第三騎士団長へと駆け上がる前から、見習い騎士の頃から畏怖と憧れを抱いていた竜帝陛下。
妻の父親であるチェゼナス大臣に唆されたとはいえ、目前に立つ絶対君主に敵意を示してしまったのは己なのだ。
竜帝陛下自ら刑を執行してくださるのならば、騎士として応えなければならない。
迷いを消したアクバールが剣を抜くのを見て、ベルンハルトも腰に挿した剣を引き抜く。
全身から人以上の、竜王の覇気を放つにベルンハルトに竜帝と呼ばれる皇帝の怒りはこれ程まで凄まじいのかと、観覧席で見ている騎士達は震え上がっていた。
「完全な八つ当たりだな」
背筋を伸ばし真剣な表情でいる騎士達を尻目に、ベルンハルトの怒りの理由を知っている宰相だけは複雑な気分で貴賓席に座り、一人呟いた。
それは今朝の出来事。
アクバールの処刑を前に、急ぎの案件だけ片付けたベルンハルトは執務室で魔術書を開いていた。
異世界に在るもう一冊の魔術書と通じているらしく、時折、異世界で世話になった娘の様子が文字となり浮き出てくるらしい。
行方知らずになった五日間、異世界へ転移していた等とベルンハルトでなければ鼻で嗤っていた。
半信半疑だったトリスタンへ、ベルンハルトは異世界での具体的な生活を語り、記録用魔石に録画されていた未知の映像を見せて異世界の存在を証明したのだ。
勿論、弱味など皆無で完璧な皇帝である、ベルンハルトの心臓が異世界とはいえ繋がった相手がいると知られたら、良からぬことを企む輩が現れるかもしれないためこの件はトリスタンだけの胸の中へしまい込むことにしたが。
それに、魔術書の片割れを所持している娘への歪な感情を抱いた、初恋を拗らせた思春期の少年のような竜帝陛下の姿は強烈過ぎて、とても臣下達へ見せられない。
最早、日課となっている娘の行動確認のため魔術書を開く竜帝陛下へ、トリスタンは生温い視線を送っていた。
ぴくり、ページを捲るベルンハルトの動きが止まる。
ガッシャーン!!
おや? と思う間もなく、頭上へ振り上げ勢いよく振り下ろした拳により天板が大理石で出来た執務机は粉々に砕け散った。
特殊な魔術書は無事だったが、ワナワナと肩を震わすベルンハルトは破壊神に見えて、彼の鬼畜っぷりを見慣れているはずのトリスタンでさえ直視出来なかった。
「俺が離れた隙に、男の誘いを受けただと?その上、次の約束をしただと……」
持ち主しか魔術書を開くことが出来ないため、ページに浮かび上がった内容は分からないがベルンハルトにとって良くない内容だったことは分かった。
(完全に憂さ晴らしにされるな)
八つ当たり、ベルンハルトの苛立ちをぶつける相手となってしまったアクバールを心のなかで哀れみつつ、トリスタンは淡々と処刑のための準備を進めた。
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