00.冷酷無比な皇帝

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00.冷酷無比な皇帝

 寂れた山奥の神殿へ、大挙して押し寄せた皇帝御抱え衛視隊の騎士たちは、神殿の広間にいる貴族や配下の人々を次々捕縛していた。  石造りの神殿のせいか、広間での大捕物の騒ぎの声は神殿の奥深く、神官長の部屋までは届かない。  部屋でワイングラスを手に、寛いでいた小肥りの神官長と高級なフロックコートを羽織った金髪に橙色の瞳の青年は、廊下を走る者達のけたたましい足音によってようやく異変に気付いた。 「まさかっ!?」  金髪の青年は立ち上がり、自身の座っていた椅子に立て掛けてあった華美な装飾が施されている剣を手にする。  だが二人が気付いた時には、もう既に神殿内は騎士達に制圧されていた。  バァンッ!  重厚な木製の扉は突入した騎士達によって呆気なく蹴破られ、短い悲鳴を上げた神官長は抵抗をする間も与えられず、騎士によって取り押さえられる。  金髪の青年は騎士達が皇帝直属の者達だと、彼等の後ろに憎悪の対象となる男の気配を感じて一歩二歩と後ずさった。 「くっ! 何故此処が分かったのだ!?」  青年の問いへ応えるように騎士達が左右に割れ、後ろにいる人物が通る道を作る。  苦し紛れに青年が丸テーブルの上から投げ付けたワイングラスを、その人物は余裕の笑みを浮かべて避けた。  バリンッ  床に転がるグラスの破片を踏み潰して現れたのは、金髪の青年が憎悪する相手、黒い軍服を纏い肩より少し長い銀髪を後ろでハーフアップにした、金髪の青年と同年代の美丈夫。  銀髪の青年は、その蒼色の瞳に侮蔑の色を宿して捕らえられた神官長と金髪の青年を交互に見た。 「……帝位の簒奪など夢見なければ生き長らえたのにな」 「黙れっ!」  憎む相手から蔑まれたと感じた金髪の青年は、怒りで両手に魔力の塊を出現させ、一直線に放った。  バシュッ!  眉一つ動かさなかった銀髪の青年に当たる前に、魔力の弾丸は青年の周りに張られていた防護壁によって霧散する。 「こんな程度の力しか無いのか? 兄上?」 「黙れっ! お前を倒し私が皇帝となるのだ!」  自分を見下す弟へ剣の切っ先を向けた青年は、雄叫びをあげて斬りかかっていった。 「陛下っ!」  傍へ寄ろうとした騎士を手で制すると、銀髪の青年は切りかかった兄の剣を危なげ無く避け、カウンターの形で袈裟懸けに切り捨てた。  信じられないといった驚愕の表情を浮かべた青年は、口を一回動かした後ゴフリッと大量の血を吐き、足から崩れ落ちる。  倒れた青年を中心に血溜まりが出来ていく。  皇帝となった弟よりは劣るとはいっても、武勇に長けた皇子を一撃で斬り伏せるほどの圧倒的な強さに、騎士達は動きを止めて主君の指示を待つ。 「つまらん。これでは泳がさずさっさと片付けてしまえばよかったな。ソイツは死なない程度に拷問し、協力者を全て吐かせろ。兄の死体は利用されぬよう髪の毛一本も残さずに灰となるまで燃やせ」  事切れた兄に背を向けた皇帝へ、騎士達は一礼をして神官長を引き摺っていく。  どかりっ、椅子へ腰掛けた皇帝の足元へ一人の騎士が跪く。 「陛下、残党の処罰はいかがいたしましょうか?」 「反逆を企てた貴族どもは、爵位剥奪、領地財産没収のうえ一人残らず斬首しろ。斬り落とした首は、見せしめのために其奴等の屋敷の塀にでも並べておけ」 「はっ」  騎士達が神官長の部屋を捜索する様子を、つまらなそうに眺めていた皇帝は欠伸を噛み殺す。  皇宮へ戻るかと、立ち上がった彼の下へ騎士が駆け寄った。 「陛下、神官長が収集した魔武具を発見しました!」 「ほぅ、それは面白そうだな」  口角を上げた皇帝は、赤い舌先でペロリと下唇を舐めた。  神官長の部屋にある本棚を動かすと現れる隠し扉。その奥にある階段を下った先に、貴重な魔石や魔道具が展示棚の上に並んで置かれていた。 「魔道具や呪術道具収集とは、此処の神官長はなかなかの趣味だな」  二代前の皇帝の父親も魔道具収集が趣味だったが、この部屋にある魔道具の量と質はかなりの価値があった。  これは思わぬ誤算だったと、皇帝はほくそ笑む。  バリンッ!  魔力で強度を増した硝子ケースを見付け、硝子ケースを力業で砕く。  厳重に保管されていたのは、一冊の変哲の無い分厚い本。  本の表紙に書かれていた文字を見た彼は目を細めた。 「これは、魔術書? 古代文字だと?」  表紙を開くと何も書かれていない黄ばんだ白紙のページ。  白紙のページに魔力を込めた右手を当てれば、うっすらと中央に古代文字が浮かび上がる。 「“我を開けた者こそが我が主、我の片割れを持つ者こそ汝と運命を共にする者”」  現れた文を口に出し終わると文は消え、ページ中央に新たなる文が現れる。 「“我が片割れの主となる者こそが、汝の魂の片割れとなり、遥かなる悠久の時を歩まん”」  口に出し終わっても、次はページには続く文は現れず皇帝はフンッと鼻で嗤った。 「魂の片割れだと? 馬鹿馬鹿しい」  魔術書を閉めようと白紙のページへ手をかけた時、魔術書が白く輝きだした。  パアアアー! 「なにっ!?」  薄暗い室内を真昼のように照らす強烈な白い光が魔術書から放たれ、皇帝は腕で目元を覆った。
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