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場面二 腕の中の想い人(二)
今までにない行動に、どきりとする。
「二旬もせんうちに、わたしは江戸へ発つ」
「………うん………」
闇斎が、大きく呼吸するのが判る。重ねた手に、わずかに力がこもった。
「おまえ、このままでええんか」
聞き逃しそうなほど、息だけの小さな声が言った。
仁斎は、また頬に唇を触れた。そのまま首筋を啄むと、闇斎はわずかに身体を強ばらせたが、逆らおうとはしない。
「好き」
「………っ何遍も言わんでええ」
「今日は初めてちゃう?」
「あほ」
闇斎の首筋が赤い。短い沈黙があった。
「おまえがどうしたいんか判らん」
「判ってる思てたけど」
「仁斎」
小さく名を呼んで、指先にかかった強い力が、この男のもどかしさを伝えてくる。仁斎は苦笑した。
「焦らせたなくて」
「焦るいうて―――もう一冬、こないしてる」
「………せやな」
仁斎は重ねられている手を、改めて自分から握り直した。
「もっと触れてもええ?」
もう一方の指先で襟元をなぞりながら、耳元で囁く。びくりと腕の中の身体が震える。
「………いちいち訊くな」
つい先刻まで寛いだ様子だった腕の中の年上の男の身体は、今はひどく緊張している。大丈夫だろうかという不安もあるが、仁斎がどうしたいのか判らない、と言う闇斎は、どうやらそれなりに色々思い悩んでもいたらしい。これ以上の躊躇は不粋というものだろう。
片手を回したまま、袴の紐を解き、帯を解く。正面に回り、目を逸らす闇斎の頬に触れる。
そっと口付け、今度は正面から胸に抱いた。
「あかん思たら言い。すぐやめるさかいに」
「………武士がそないなこと出来るか」
縋りつくように肩に手をかけながら、なおも気遣いを撥ね除けようとする年上の想い人を、仁斎は心底愛おしいと思った。
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