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場面三 柔らかな心の芯(一)
身体に触れる指も唇も、緩やかでひどく優しい。緩やかすぎてむしろもどかしいほどだ。小さく吐息を漏らし、闇斎は身動ぎした。
軽く暖かい真綿のようだ。
芯から凍えてゆくような京洛の一冬を、闇斎はこの腕の中で過ごした。
『うち、あんたはんが好きや』
鮮やかな紅葉を背に、年下の儒者は闇斎に告げた。
飛ぶ鳥を射落とすようにではなく、窮鳥を懐に庇うように、闇斎を受けとめようとしたのはこの男が初めてだった。その腕の温みが、悪夢に怯え、闇夜に凍えるこの身を包み、少しずつ傷を癒やした。
だが同時に仁斎は、闇斎が、いつまでも己れの懐に眠る男ではないことも理解していた。邪気を払う桃のつぼみも膨らみ始める頃から、仁斎は徐々に自分に与えられた部屋で夜を過ごすようになった。暖くなってきたし、と軽い口調で頬笑む年下の男の思いやりが、門弟たちに裏切られ、傷ついた闇斎を安らがせたのは確かだ。
だが江戸行きが迫り、相変わらずゆったりと変わらぬ仁斎の態度に、今度は別の不安が闇斎を捕えた。
このまま離ればなれになって、結局この男を失うのではないかと。
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