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場面三 柔らかな心の芯(二)
唇が胸元に触れて、びくっと身体が跳ねる。声が出そうになり、闇斎は固く目を閉じ、唇を噛んだ。袴は取られ、帯も解かれて、無防備に開かれた身体に、柔らかな愛撫が落ちる。
仁斎は表着を脱ぎ、ぱさりと床に落とした。
「我慢せんと声出し」
促されて、反射的にかぶりを振った。仁斎は、息だけで少し笑ったようだった。
「何でそない意地張るん」
「意地や―――」
言いかけて、闇斎は言葉を飲み込んだ。
意地ではない。
『見いや、この稚児、一丁前に―――』
『ほんまや』
寺にあった頃、望まぬ行為に熱くなる身体を、兄弟子たちは指をさし、嘲笑した。苦痛に耐えるよりも快感に耐える方がいっそ辛かった。必死で声を飲み、感覚を殺そうとしても、身体は勝手に快感に震える。意志に反して、動物のように快楽を貪る身体を、そして己れを、闇斎は醜く、弱く惨めだと思った。
噛みしめた唇に、軽い口付けを落とされる。
「………泣きそうな顔してる」
気遣わしげに言った。
仁斎には判らない。
判らない方がいい。知ったところで何も出来まい。ただ苦しむだけだ。
目を逸らそうとして、頬に仁斎の手のひらが触れる。
「良うない?」
「………っ」
この男は、と思うと、何故か涙が出た。気持ちがいいと感じること自体に苛まれる。そんな混乱した感情をどうしてこの男に伝えられるだろう。忘れたいと思う。そしてこの男に応えたいとも思う。だが嫌な記憶は布に落ちた黒い染みのようだ。決して真っ白には戻れはしない。知らなかった頃には、もう二度と。
弱々しくかぶりを振ると、仁斎の指が、目尻を拭う。
「うちは多分、あんたはんのことほんまに知らんのやな」
どこかしみじみと、仁斎は言った。
「せやけど、どないにも好きやさかいに」
唇が触れ合い、仁斎は息がかかる距離で闇斎を見つめた。
「堪忍」
堪忍、とは―――何の許しを請うのか。闇斎は男の頬に触れる。仁斎はその指先に、そっと唇を触れた。
「おおきに」
「何の礼………っ」
言葉を発したところに再び唇が重なり、舌が歯列を割って侵入してきた。深く浅く、反応を楽しむような巧みな口付けが繰り返されるうちに、次第に酔ったように思考がぼんやりと霞んでくる。
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