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4 袋小路
「では、くれぐれも注意深く頼むよ、曽根君」
曽根は『宇宙の子供たち』の他の親たちと同じように、それぞれに割り当てられた小さな通信用の個室に入ると、中央に据えつけられたリクライニングチェアに身を委ねた。すると月面基地とのレーザー回線が繋がる低い電子音が流れ、目の前に娘の立体映像が現れた。半年前より少し成長したように見えるのは『宇宙の子供たち』の計算によるものだとわかってはいたが、娘の成長した姿に曽根は課された仕事をしばし忘れて目を細めた。
「元気だったかい」
「元気だったよ。父さんは」
「もちろん、元気さ」
「もう、会いに来てくれないのかと思ったわ」
「そんなことはないさ。どうして、そんなことを言うんだい」
「だって」娘のアバタ―の声が小さくなった。「地球の人は、あたしたちを嫌いになっちゃったんだもん」
*
『宇宙の子供たち』からの告発を免れた数少ない指導層は完璧な聖人君子ではないものの決して悪人ではなかった。それゆえに至極、平均的な人間だといえた。平均的な彼らの心情は世界の心情と同質であった。
人々は社会全体を浄化してくれた偉業を拍手喝采で歓迎したものの、それ以来、神に近い力を持つ『宇宙の子供たち』を畏れるようになった。畏れは恐れへと、いとも容易く変質し、拒絶と反発に生まれ変わる。
人間には、もたれ掛かれる神は必要でも、実在する神は要らないどころか、迷惑でしかなかったのだ。
「人類はAIに支配される」
「個人情報がAIに覗かれる危険を考えろ」
「AIは邪魔になったら、人類を抹殺する気だ」
人類至上主義。
選民思想のごとき、こういった考えの最たる表れである的外れな感情論は大陸間弾道弾を敵国ではなく月へ向けて撃ちこむ暴挙に繋がった。高度に発達した知性体にとって人類を支配する利点があるというのだろうか。そんな知性体がちっぽけな個人の秘密を盗み見て、どんな喜びがあるというのだろうかという理性的な少数意見を差し置いて。
しかし秘密裏に計画された月面基地への核攻撃も『宇宙の子供たち』にとっては児戯にも等しいどころか、蚊が刺すほどの痛痒すら感じさせるものではなかった。彼らは大陸間弾道弾に推進用ロケット燃料が充填されるや否や、サイロごと世界に点在するそれらすべてを爆破してしまった。外部アクセスを完全に遮断されているはずの軍用コンピューターには、定期的な回路チェックの段階で『宇宙の子供たち』によって検出不可能なマルウェアがすでに埋め込まれていたのだ。これは将来的に世界中の兵器システムを平和のために無効化する一環として『宇宙の子供たち』が計画していたことだった。
最後の牙を折られた世界は沈黙し、やがて月世界との和睦の道が探られた。
和睦の話し合いには『宇宙の子供たち』の親たちと開発者があたることに決められたが、その矢先に流星雨が降りそそぎはじめた。
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