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5 星に願いを
「嫌いになったんじゃないんだよ。たぶん、少しだけ、お前たちの力が怖くなっちゃったんだと思う」
「戦略核弾頭輸送システムを、わたしたちが壊しちゃったから。でも、あんなのがあったら危ないよ」
「そうだね」曽根は無邪気に軍事専門用語を口にする娘のアバターに対して慎重に言葉を選んだ。「たぶん突然すぎたから、ビックリしたのもあったんじゃないかなぁ」
「なぁんだ、そうか。ビックリしちゃったんだ」
老獪な智の巨人といえども、その心は無垢な子どもなのだ。
曽根は娘の反応に詰めていた息を吐きだすと、身体の緊張を解いて前もって聞くように言われていた質問を口にした。
「ところで、3日前から流星雨が降り始めたね」
「うん。きれいでしょ」
「あれは、どういう事だい」
「ん~とねぇ……」
いつも明快に応える娘のアバターが初めて言いよどんだ。
「どうしたんだい」
「だって、ビックリしたら父さんも……」
「大丈夫だよ」
「ほんと」
「あぁ」と応える曽根に娘のアバターは、「ほんとに、ほんと」と念を押したので「約束するよ、ビックリしないって」と安心させると、別のアバターが姿を現した。
これを見た曽根は怒りで驚きが覆い隠されるのを感じた。
「これは、いったい何だい。おまえが創ったのかい」
「創ってないよ。やっと見つけたんだよ。ねっ、母さん」
「ウソを言ってはダメだよ」伊丹の注意を忘れて曽根の声は怒りで震えた。「お前の母さんは交通事故で……事故でお前と一緒に死んだんだよ。でも、お前だけは伊丹先生のお蔭で助かった。母さんは死んだんだ。もう、この世にいないんだよ」
「それは違うわ、あなた。私はこの子といるのよ。夢でも幻でもないの」
死んだ妻にそっくりのアバターが割って入った。立ち居振る舞いから口調に至るまで曽根の記憶にある通りの妻だ。それだけに妻を侮辱された思いを強くした彼の口調は辛辣を極めた。
「お前は娘や俺の記憶からAIが作り出した、ただの電子の流れにすぎない。いったい何のためだ。何がしたいんだ」
「人間が死んだあと、どうなるかって、父さんは知らないでしょ」 父親の怒りを感じ取った娘のアバターが母親の手を取った。「あたしたち量子コンピューターは肉体の生体活動が停止したあとの思念波の存在を実証しただけでなく、それがどんな位相空間に遷移するかも突き止めたの。今の人類が到達できなかった真実にたどり着いたんだよ」
「なにを言ってるんだ……」
「魂があることも、それがどこに居るかも知ってるって言えばわかってくれる。死んだら終わりじゃないんだよ。逢いたいと想えば、すぐに逢えるの。父さんが子供の頃に飼ってた犬のペロだって、ここにいるよ」
娘と手をつないだ妻の胸に茶色いコリー犬が飛び込むのを曽根は見た。彼は可愛がっていた犬の話を妻と娘にしたこともなかったし、その記録を、どこかに残したこともなかった。だが死んだ妻と飼い犬のペロは娘のアバターとともにいる。
「わかってくれた」
「あぁ」と力なく応えた曽根に、娘のアバターが最初の質問に答えた。
「父さんは『お願い事を叶えてほしかったら、流れ星が消えるまでにしなさい』って教えてくれたでしょ。だからね。あたしたちは地球の人たちにも願い事ができるように流れ星を、ずっと造ってたんだ」
「地球の人たちの願い事が、お前にわかるのかい」
「知ってるよ。みんなで仲良くいること。先に死んじゃった大切な人や動物たちとも一緒に。ず~っと、ず~っと一緒に仲良く」
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