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第一話
「花ちゃん、お願いがあるの」
日曜日の昼下がり、公園には子供たちの明るい声が響いている。私と真希ちゃんはベンチに並んで座り、離れた場所を見つめていた。秋の風は少し冷たく、乾いた頬を撫でていく。
「お願い?」
聞き返すと、うん、と頷いて私を見る。
「悠希の学童のお迎えをね、頼めないかなと思って」
普段、会っても二、三か月に一度程度の真希ちゃんに突然呼び出され、お願いがあるのだと言われて少し身構えてしまっていた。だから、それを聞いてほっと息を吐いた。なんだ、そんなことか。
「うん、いいよ」
「ほんと? 良かった」
そう言って目を細めて笑い、前方を見つめる。そこには遊具の周りを走り回る子供たちがいて、その中に悠希くんはいる。
悠希くんは、真希ちゃんの子供だ。小学校二年生で、とても明るく、可愛い。生まれた頃から知っているし、真希ちゃんと会う時には大抵一緒にくっついて来るから、向こうも私に対して懐いてくれている。
「で、いつなの?」
「あさって……」
少し言いづらそうに私をちらりと見る。随分と急だけれど、特に用事は無いから大丈夫だろう。仕事も、ここのところずっと暇で定時上がりだ。いいよ、という意味を込めて「うん」と頷いて見せれば、真希ちゃんの言葉が続いた。
「……から、一か月」
「へ……」
「ごめんっ」
「えぇ!? ちょっ」
真希ちゃんが立ち上がり、走り出した。大声で謝りながら子供たちの輪の中に突っ込んでいく。今、なんて言った? 一か月……? それってつまり、一か月間毎日お迎えに行くってこと?
「ま、まって」
慌てて立ち上がり、私も子供たちの輪の中に飛び込んだ。
「長いよ、無理だって……!」
「悠希よかったね、花ちゃんがお迎えきてくれるってよ」
「あ!」
まだ承諾したつもりはないのに、真希ちゃんが悠希くんに報告してしまった。言われた本人は走り回っていた足を止め、目を丸くしている。視線を私に移動させ、ぱあっと顔を明るくした。
「ほんと?」
「く……っ、卑怯者め……!」
こうなってはもう、断ることなど私には出来ない。悠希くんは弾けんばかりの笑顔で走って行ってしまい、私はそこにいる真希ちゃんにじとりと鋭い視線を向ける。
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