103人が本棚に入れています
本棚に追加
結局、なんだかんだで引き止められてしまい、十八時半頃にようやく会社を飛び出した。急いで電車に乗り、全速力で学童に向かい、到着した頃には十九時を周ろうとしていた。
「すみません……っ、遅くなりました……!」
息を切らし、汗を垂らしながら言う私に、職員の女性が目を丸くする。
「そんなに急がなくても、大丈夫ですよ」
「でも、時間が」
「お仕事なのは分かってますから。それに、さっきちょうど悠希くん寝ちゃって」
「え」
「ちょっと待っててくださいね」
奥の部屋へと向かっていく背中を見ながら、上がった息を整えた。いつもは子供の声でいっぱいの館内も、この時間になると静まり返っている。とっくにお迎えは済んでいるのだろう。友達もいなくなり、やることもなく、待ち疲れて寝てしまっても仕方がない。
しばらく玄関で待ち、汗が引いてきたころ、ようやく職員が戻ってきた。先ほどの女性だけではなく、例の青年、篠原くんもいる。コートを着込み、前になにやら大きな荷物を抱えている。そう思ったのは一瞬で、すぐにそれが悠希くんだと気づいた。
「お待たせしました。準備に手間取っちゃって」
抱きかかえられている悠希くんを見た。穏やかな顔で眠っているが、その目がなんだか赤い気がする。
「もしかして、泣いちゃいました?」
私が聞くと、女性が少し眉を下げて笑顔を見せた。
「夕方くらいからちょっと不機嫌になっちゃって、お迎えが遅くなるって聞いて、本格的にスイッチが切れちゃったみたいですね」
「スイッチ?」
「たぶん、お母さんが恋しくなっちゃったんじゃないかな」
真希ちゃんが出張に出かけてから一週間弱だ。最初の数日はなんとも思っていなくても、だんだんと寂しさが生まれてくる。小学生になったといっても、まだ小さいのだ。
最初のコメントを投稿しよう!