第一話

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「敬語苦手なんですね」 「すみません……、慣れてなくて」 「すぐ慣れますよ」 「いや、いつもはもっとちゃんと使えるんですけど……。宮丘さん、他の保護者の人たちより若いから、なんか油断しちゃって」  じっと見下ろしてそう言われ、なんと答えたらいいものか迷った。私だって、つい二年前までは大学生だった。彼が何年生なのかは知らないけれど、それほど歳の差は無いだろう。油断するのも分かる気がする。そう思いながらも、心の中に少し、いたずら心が芽生える。 「悠希くんのお母さんだと思われてたみたいですけど」  それは初めて会った数日前のことだ。勘違いをされたせいで、思い切り睨まれて乱暴な言葉を吐かれた。母親と思われていたことに関しては、少し気になった程度で特別ショックを受けたわけではない。だから、これはただの冗談だ。  しかし、私の言葉を聞いた途端、篠原くんが足を止めた。 「あーっ、あれ、やっぱり……、ごめんなさい!」  頭を下げる勢いで言い、悠希くんを抱えているせいで出来ないのか、少し前方に頭をもたげた。それよりも声が大きくて起こしてしまうのではないかとハラハラする。先ほど彼がしたのと同じように人差し指を口元に当てて見せれば、慌ててその寝顔を覗き込んだ。  起きる気配はなく、ほっと息を吐く。 「失礼だった……でした、よね。すみません、俺、あの後気づいて、でも掘り返すのもなんだし」  再び隣を歩く篠原くんは饒舌だ。静かでクールなイメージがあったけれど、こうして話していると段々と柔らかさが見えてくる。これが彼の素なのかもしれない。 「冗談です。気にしてません」  笑顔を見せて言えば、ふい、と顔を逸らされてしまった。怒らせてしまったか、と少し焦るも、「よかった」と小さく漏れる声が聞こえてきて、今度は噴き出して笑ってしまった。  それからしばらく会話が無くなり、耐えられなくなった私が適当な話をふり、興味の無さそうな声が返ってきて、再び沈黙が流れ、そんなことを繰り返しているうちに家に着いた。四倉家の電気はまだ付いておらず、家主の不在を告げている。
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