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「もう一回見たい。ね、悠希くん」
「うん、見たい!」
期待の眼差しを二人して向ければ、う、と気圧されるように顔をしかめ、そっぽを向いた。
「駄目」
「えーなんで」
「一回って言っただろ」
「私には言ってないよ」
「あんたはもっと駄目」
「なんで!」
「……大人だから」
意味が分からない。まぁ、子供の相手をする為に覚えた手品なのかもしれないけれど、だからといって大人には見せないだなんてケチだ。
「俺もう帰るよ。父親、もうすぐ帰ってくるんだろ」
半ば逃げるかのように、そう言って立ち上がった。腕時計を見れば、たしかにそろそろ帰宅する時間だ。
尚もせがむ悠希くんに、篠原くんが頭を撫でて諭し、笑顔を向ける。あぁ、笑うんだな、とぼんやりと思った。そりゃ笑う。当たり前だ。不思議だと感じたのは、私に向けられたことがないからだろう。
「あ、そうだ。これ」
そうだったと思い出し、床に放り投げていた缶ジュースを二つ手に取った。両手にそれぞれ持って差し出すと、目を丸くしながらもそれを受け取る。
「大した物じゃなくて申し訳ないんですけど、今日のお礼です」
「リンゴジュース……」
「嫌いですか? 他のが良かったら持ってきますよ」
「いや、ぜんぜん。むしろ好き」
ほんの僅かに表情が柔らかくなった。笑顔になっている。下を向いているのが惜しくて覗きこもうとすれば、はっと気づいたように顔を上げ、「じゃなくて、ありがとうございます」と真顔で言った。
「惜しいなぁ」
「なんですか」
「なんでもないです」
篠原くんが帰り、ほどなくして旦那さんが帰宅した。まだ夕飯を食べていなかったことに驚いていたので、事情を説明し、私は先に帰ることにした。
駅に向かって歩きながら、今日一日を思い出す。帰り際に仕事を頼まれ、そこから怒涛の時間を過ごした。週の終わりということもあって疲労が溜まっている。早く帰ってゆっくりしよう。
空を見上げれば、黒色の中に小さく光る星が一つだけ見えた。先ほどの花火が重なって蘇り、まるでそこにあるかのようにキラキラと輝いていた。
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