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「お前、疲れてんじゃねえの?」
福本が白米を頬張りながら言う。大きな弁当箱いっぱいだったそれは、いつの間にか半分ほどが無くなっていた。
「バイト、毎日行ってんだろ」
「あー、保育園のやつだ」
小木が思い出したように声を上げる。保育園ではなく、学童だ。そう突っ込めば、ふうんと興味無さそうな返事が返される。
「週五で行ってんのか」
「基本はそうだけど、たまに土曜も行く」
俺の言葉に、二人は驚いたように感嘆の声を漏らした。
高三の秋、大学受験を間近に控えたこの時期にアルバイトをしている生徒など他にはいない。学校自体がバイトを禁止していないから特に何も言われないが、異質な視線はそこかしこから向けられている。
「そんな頑張んなくたって、大卒で受験資格もらえるんでしょ?」
二人は、俺が保育士を目指していることを知っている。昨年から決めていたことだ。担任の先生とも相談し、最短で保育士になれる道を考えて今に至る。
「経験積みたいんだよ。大学行ったら忙しくなるし、今が一番暇だろ」
「受験生が暇とかいうパワーワードよ」
「つーか、別に疲れてないし」
ほぼ毎日といっても、お迎えの時間帯だけだから大して長くもない。距離もさほど遠くはないし、一度家に帰る余裕だってある。取られる時間を考えれば、難関校を受験しようとしている同級生のほうがよっぽど大変だろう。
溜息の原因はそこではない。
「じゃあ、あれだね。恋の病だね」
そう言って小木が笑った。ふざけて言ったことだとはすぐに分かった。それなのに、急激に心が焦り、かあっと顔に熱が籠っていく。なんちゃって、と続ける小木に反応ができず、誤魔化すように俯いた。
「え」
「え……」
二人の呆気にとられたような声を聞き、たまらずに立ち上がった。顔を背けたままその場を後にすれば、「えーっ」と小木の大声が聞こえてくる。
教室を出て廊下を速足で進んでいく。なんだこれ、やばい、なんだこれ。顔が熱い、心臓の音がうるさい。頭の中に、あの人の顔が浮かんだまま消えてくれない。
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