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「悠希は花ちゃん大好きだなぁ」
「なにか事情があるなら、先に言ってよ」
「ごめんごめん」
さほど悪いとは思ってなさそうな声音で言い、近くの動物型の遊具に駆け寄った。馬を模したそれに跨ると、スプリングが揺れる。おそらく大人用には作られていない遊具が、大人によって激しく前後する。
「折れそうだよ」
「大丈夫。羽のように軽いから」
「それで、なんで一か月なの?」
「急に出張が決まっちゃったんだよねぇ」
激しい動きとは反し、淡々と言う。
彼女はバリバリのキャリアウーマンだ。大学を卒業してすぐに技術職に就き、経験を積んでどんどん難しい仕事をこなしている。たまに仕事の話を聞くが、私の頭で理解など出来るはずもなく、ただ自分との差を再確認するだけだ。
「花ちゃん、繁忙期三月って言ってたし、長期でも大丈夫かなって」
「旦那さんは?」
「んー、頑張っても二十時過ぎちゃうからなぁ。もう一回頼んでみるか」
その言い方からして、すでに一度は断られているのだろう。旦那さんにも何度か会っている。真希ちゃんが選んだだけのことはあって、とても良い人だ。彼が自分の私利私欲の為に逃げるとは思えない。
「……わかった、いいよ」
小さく言うと、馬の動きが止まった。真希ちゃんが私を見つめ、瞬きをする。
「ほんと? 無理してない? 怒ってない?」
「無理はしてないよ。怒ってないけど、怒りかけた」
「ごめんって」
「いいの。真希ちゃんがすごく頑張ってて、それを見せない人だってこと知ってるから」
そう言った瞬間、真希ちゃんの表情が僅かに変わった。ほんの少しだけ弱い部分が見えた気がして、でもすぐに笑顔になった。
「花ちゃんのそういうとこ、お姉さん大好き」
「急に年上面するなぁ」
再び激しく馬が揺れだした。遠くで響いていた子供たちの声が近づき、顔を向ければみんなが楽しそうにこちらへ駆け寄ってきていた。
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