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「篠原って彼女いたことあるよなぁ」
「まぁ、一応」
「別に初めて女に惚れましたってわけでもないだろうに、なんで今更ああなるわけ」
彼女がいたと言われれば肯定はするが、それはただ付き合ってくれと言われて断らなかっただけだ。成り行きで恋人同士というものになって、気づけば別れを告げられていた。なんだかよく分からない時間だったな、と思うだけで、恋愛をした、という自覚はなかった。
「……初めて、惚れたのかも」
あの人のことを思い出すと、今まで付き合った女の子に対するものとはかけ離れた感情が芽生える。積極的に恋愛をする人たちのことをどこか俯瞰で見ていたけれど、実際はこういう感じなのだな、とようやく理解できたような気がする。
黙ってしまった福本を不思議に思って見れば、心底呆れたような顔でこちらを見つめていた。
「お前、それ、そこそこ最低な発言だぞ」
「そうかな」
「前の彼女に絶対言うなよ」
商店の並ぶ賑やかな通りは、明るい光で溢れている。もう少し経てば、気の早いイルミネーションが現れる。その光景を見るのも、今年で最後だ。
「それってさ、バイト先の人?」
福本の言葉に、思わず、う、と言葉に詰まった。やっぱりか、という目で見られたので、顔に出ていたのだろう。
「なんで分かったんだよ」
「話の流れからしてそうだし、お前、学校にいる時ずっと腑抜けてるし」
「腑抜けてない」
「つーことは年上か」
独り言のように言ったその言葉が、心の中にあった靄に触れた。
駅前に着くと、俺はこっちだからと、福本が駅の反対側に続く高架下へと向かっていった。一人暮らしをしている小木の家が、そっちの方面にある。最初こそ驚いたが、こうして日々、家を行き来する二人に対して、今ではいつものことだと受けとめるようになっていた。
「お前さ、さっき、ほっといて欲しかったみたいなこと言ってたけど、それって、本気だってことだろ。べつに余計な詮索はしないけどさ。まぁ、頑張れよ」
捨て台詞のように言われて返す言葉が見つからず、気づけば背中を向けられていた。
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