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三十分はあっという間に経ち、気づけばお迎えの時間になっていた。先に帰宅している児童もいるので、決して人数は多くはないのだが、それでもここからの一時間は忙しない。
保護者が来てから児童に声をかけると、大体が支度を終えていない。荷物をまとめるだけならまだしも、まだ遊んでいる最中で駄々をこねることもある。何とか支度を済ませて送り出すと、すぐにまた他の保護者がやってくる。その繰り返しだ。
「こんばんは。悠希くんのお迎えに来ました」
一人送り出したタイミングで、宮丘さんが来た。会社帰りという出で立ちに、寒いのか首にストールを巻いている。すでに顔見知りの俺がいるのに、律儀に保護者カードを取り出して紋所のように見せてきた。
傍にいた他の職員が、悠希を探しに行ってしまった。一歩踏み出しかけていた足を止め、どうしたものかと迷い、そのまま奥へ戻ろうとしたところで「あの」と、声を掛けられる。
「この間は、ありがとうございました」
金曜日のことを言っているのだろう。悠希が寝てしまい、家まで送り届けた日だ。
「いえ、べつに……」
「悠希くんのお母さんに話したら、今週末に一時的に帰ってくることになったんです。悠希くんもそれ聞いて元気になって、すごく楽しみにしていて」
嬉しそうに話す姿をじっと見つめた。こうして好きだと自覚してから改めて向き合うと、今までのような接し方が思い出せなくなる。なるべく普通に、と意識しながら「そうですか」と言うと、「そうなんです」と返された。
「あおちゃん、バイバイ」
女の子が一人、ランドセルを背負って帰って行った。
「キャンドル、ありがとね」
すでに閉じかけていたドアに向かって言えば、ガラス戸の向こうで手を小さく振ってくれる。振り返していると、隣にいた母親が笑顔で会釈をしたので、慌てて頭を下げた。
「キャンドル?」
宮丘さんが不思議そうに聞いた。
「昼間、キャンドル作りしたんです。悠希くんも参加してると思いますよ」
「へぇ、そんなことするんですね。楽しそう」
「クリスマスに向けて、オーナメント作りとか色々やる予定です。当日はパーティするんですけど」
「クリスマスパーティですか?」
少し高くなった声が、弾んで聞こえた。
「よかったら宮丘さんも参加……、って、仕事か」
「そうですね。というか、その頃はもう私じゃなくてお母さんの出番かな」
咄嗟に言葉に詰まり、返事ができなかった。そうですね、とただ返せばいいのに、動揺して声になってくれない。そのおかしな間を埋めるかのように、悠希が声を上げながら駆け寄ってきた。
「花ちゃんおまたせ」
靴を履き替え、手を振り、背中を向ける二人を落ち着かない心で見送った。姿が見えなくなってからも、ぼんやりとドアを見つめる。
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